2010年05月24日

風邪引いてもカーディガンなくしても

★5月1日~9日

1日は朝から1時間半ほどブート・キャンプ。
ベーシックプログラムを終えてアルティメットプログラムをワンツー、スリーフォー、ひいひい、ふうふうとこなしていきます。
普段使わない筋肉(とりわけ、ふとももやふくらはぎや二の腕の裏の筋肉)が悲鳴をあげていますが、しようがないのです。体脂肪率が8%も増えていることが発覚したので、脂肪を燃やすしかないのです。燃やすしか。
お昼は車で5分の兵教大へ。大学を休学し、8ヶ月間ドイツへファームステイ(農場で働きながらホームステイさせてもらうという制度らしい)していた高校時代のMやちやんの写真展へ。彼女とは出席番号が前後だったのですが(そして英語科に所属していたので、3年間同じクラスだったのです)、久しぶりに再会して話しているうちに、懐かしいエピソードが次から次へあふれてきました。模試の時に先生がしゃべりだしたのとか、本当に懐かしいね。あれ、あかんよね。
写真はとてもMやちやんが撮ったとは思えないようなノスタルジックな雰囲気を感じました。べたな言葉で言うと、「あ~外国って感じする~!」という感じの。
そして空腹感も。満ち足りているからこその、安心というか(安心したらお腹、すくじゃない?)。被写体のにゃんこ(ドイツ語を理解するの?)とか、見たことない色とりどりの野菜とか、激しくイケメンのおじさんとかがどういう状態であったかなんて本質的にはわからないけれど、写真的から伝わってくることはとてもシンプルでした。Mやちゃんが幸せな時間を生きていたということ。すてきね。
Mやちやん手作りのクーヘンたちも美味しかったです。

2日・3日ともに朝からヨガで1時間半瞑想、ブートキャンプに1時間入隊し、うきうきしながら体脂肪計に乗りましたが、まったくもって変化がありません。インターネットで調べたら、ブートキャンプの方は体脂肪が落ちずに筋肉がついていくだけとのこと。まあ筋肉ついても代謝がよくなれば…とわたしはすこし落ち込みます。
だって、もう入隊して一週間をむかえるというのですから。
3日には実家の壮大な自然(花粉たち)にやられ、鼻水がまるで闘竜灘のように落ちてきました。あ、下品ですね。流れ星のようにとでもいいましょうか。何にせよ、ありえない量の鼻水に頭痛、さらに目がかゆくて視界が曇り、お料理を教わりに実家に帰ってきたにもかかわらず、結局味付け以外はほとんど何も教わっていない状態のまま夜になり、ベッドへinしました。
そんな日もある。

4日。朝起きたら昨日のお料理のことはほとんど忘れていたのは言うまでもありません。
いもふとたちや両親よりも先に目覚めてごそごそと帰る準備。連泊した実家にばいばいと手をふり(ふってませんが)、父親の運転で渋滞する前の中国自動車道を使って梅田経由、天満まで帰ります。中国池田をおりたところで思いっきり事故。ああこれから渋滞が…と思いながらも、朝の8自前だったのでなんの問題もなく帰阪できました。
なぜか発熱していたのですが、夜のイベントへ向け身体と相談しつつ、ツイッターでつぶやきまくっていました。
結局、欲求が身体の内部で理性に圧勝したため、いつものところでラフロイグを一杯ひっかけてから(二杯だったかも)梅田はシャングリ・ラへ。
いつもお世話になっている(わたしのなかで)二大バーのうちのひとつ、Kの店長Sーラ氏のライブだったのです。
メルヘンロック。
彼が目指すものはメルヘンロックだとお伺いしてから、どういうものがそれに相当するのか、そしてそれは愉しいのか、とても気になっていたのです。
会場には常連さん(結構知っている人で驚き)がたくさん。みなさんのりのりでうきうきです。そう、のりのりだったんです。わたしも。
メルヘンロック、むっちゃよかったですよ。いつもいつも「よかった」の一言で片付けるお前はボキャ貧かっ! といわれればまさしくそのとおりなのですが、なんせ身体にやさしい音楽だったのです。個人的にシンクロ率が高かった。リラックス。たぶん、リラックスできるロックだったんでしょう。
その後の3丁目のCウゼンさんでの打ち上げにもおじゃまさせていただいて、夜中帰宅しました。ハッピーナイトでした。ただ、Mプルの一張羅カーディガンなくしました。3丁目付近で淡いベージュ色の七分丈のカーディガン見た御仁。それ、わたしのです。探しています(もうほとんど諦めています)。

翌日5日は完全にダウン。うんうん唸り、ふとんのなかで輾転反側とした日でした。どうやらこの日、考えないといけないことがひとつふえた模様。夜、ジュースでも飲もうかとふらりとそとを出るも、どこも開いてなく断念しました。結局夜中なんども目覚め、まさかの寝不足で6日を迎えました。
不思議な誕生日の幕開けでした。みなさま、おめでとうメールや電話、ありがとうございました。無事にここまで生きてこれました。これからも、無事ではないかもしれないけれど、愉しく生きていきます。

すっきりしないまま7日はフライデーナイト。いつもよりペースが早くラフロイグが進むなあと思っていたらばいーんとなりました。どうやら熱があった模様。
しかしなんとかへろへろになりながらも翌日は福島へ。この日は待ちに待った、東京事変のツアー ウルトラC 大阪公演だったのです。その前に福島でずっと行ってみたかった花くじらへ。このおだしはどうやったらこの味になるのかしらなんて言いながらもふもふおでんを食す。うすいのにこくのある味で、ついつい食べ過ぎてしまいました。
その後歩いて中之島はグランキューブへ向かいます。
席は一階席のずいぶん後ろの方。東京事変のこれまでのライブではZEPPで一番前だったり、プレミアムチケットがあたってアリーナで5列目だったりと幸運が続いていたため、チケットが届いて座席を確認した時のショックといったら、そりゃあもう。人生終わったーくらいのものでした。
でも、実際「勝ち戦」が始まってからの二時間は相変わらずの東京事変でした。相変わらずであり、常に新しいもの。さっき演奏したも彼らも、次の曲では新しい彼ら。思わず身体が揺れてしまう。思わず身体がのってしまう。思わず身体が歓声をあげてしまう。とりわけベースのかっこよさには目を見はるものがあり、ロックな今回のアルバムにもう何もいうことがない、いやいえることはもうなにもない、といった具合でした。感激の最上級って何かな? そんな言葉があるのならば、東京事変に使いたいです。

帰ってきていつものところでラフロイグをひっかけ、ライブの余韻を十分に抱いて眠りにつきました。来週は香川までおっかけます。

2010年05月03日

カエルドリンクの夜

★4月19日~25日

週末の夜はラフロイグとともに過ごす。金曜は気がついたら朝。逆に土曜日はあまり飲まないで夜に帰宅。なんか、とても疲れていたのです。
この週も早番で、9時出勤のため10時半くらいに就寝の規則正しい生活。日曜日に飲みのお誘いが入ってもお断りするわたくし。ごめんなさい。飲まないと決めているのです 。翌日仕事の夜は。だから絶対に飲みません。
ここで宣言して何になるってわけじゃないけれど、そうしないと決心が揺らぐのです。飲まないったら、飲まない!

とりたてて不思議なことは起こらなかった週だったと記憶しているのですが、このくらいが生きていくにはちょうどいいですね。

あ、 ラフロイグ 正露丸 で検索したら4番目くらいにここがヒットしてびっくりしました。
いつか お酒の神様 で検索してトップにでるのが夢です(半分本当で半分嘘です)。

★4月26~30日

わたしのジェイズ・バーであるピニャコラーダが28日で三周年を迎えるという。

阪急河原町を降りてやたらとバスが行き交う河原町の交差点をマルイの方へ渡り、青光りしているみずほ銀行の横や風俗の建物の前に仁王立ちしているスキン・ヘッドの前なんかを通りすぎて、怪しい階段をあがります。
そしてピニャコラーダ。そこにピニャコラーダ。
ここがどのくらい良いかなんて、説明はいらないのです。しっくりくる。これにつきます。
さらに名前の通り、ピニャコラーダがむちゃくちゃおいしい。本物のピニャコラーダを飲んだことがないけれど、これは確実に本物のピニャコラーダなんじゃないかと思っています。ふふ。
ピニャコラーダをぐびっと飲み干し、シューカツで疲弊していたときに出してくださった美しい黄緑色をしたカエルドリンク(名前は特にない、とI谷さんがおっしゃっていたので、勝手にカエルドリンクと呼んでいる)もいただきました。カエルドリンク、というと出てくるんです。最高でしょう?
ここに来るとI谷さんと他愛もないおしゃべりをして、他の常連さんともたまにしゃべり(さっぱり名前を存じ上げていない)、ピニャコラーダかカエルドリンクを飲んでいるだけなのですが、怪しい階段を降りる頃にはストレスがちゃんとアースされているのです。不思議ぞ。
自分には重すぎる荷物をどうしてもどこかまで持っとかないといけない――さらに悪いことに、重すぎて荷物に手がもっていかれそうな――とき。荷物をおいていくこともできないし、他人に預けることもできない。そんなときにちょっとでも長く持っておくことができる(もうすこし、腕が麻痺して痛みを感じなくなるまで、いや腕がちぎれるまで持っといたろかと思い直すことができる)場所がここ。
前に来たのは12月の末。4ヶ月ぶりだったので近況報告をしながらも、さらにピニャコラーダとカエルドリンクを交互にいただきました。途中、記念日に手土産をもっていかなかったことを激しく後悔。逆にI谷さんからお祝いをおすそ分けしていただいて、もしゃもしゃ食べる始末。なんという無礼者なんでしょう。。
急いで帰る必要もなかったので、10時をすぎたあたりでおいとまさせていただきました。京阪の急行で祇園四条から淀屋橋までどんぶらこと帰阪します。
行きに梅田から乗ればよかったものを、何をとち狂ったのか淀屋橋から乗ってきたので、淀屋橋から自転車で商店街を目指し、3丁目の某レストランへ。どうしても甘いものが食べたかったのでジンジャーケーキwithバニラアイスクリームをいただく。ここは商店街で最も遅くまでケーキを出してくれるところなのです。
ケーキをペリエといただいて、次は3丁目の某バーへ。ラフロイグをぐびぐび飲みながら、いろいろな人とお話したり、Sーラさんに世知辛い相談をしてみたり、丑三つ時に来たフリーのWEBデザイナー三人組にツイッターを教えてもらったりしていると、出たときには雨がザーザー降っていました。
そしていつものことですが、5時半でした。

話が戻りますが、登録してもらってツイッター始めました。本名でつぶやきまくっています。あれおもしろい。写真も投稿できますし。

祝日の朝は生憎の雨。帰宅してから6時半に起きても降っていたので先にお掃除。いろんなものを順番に漂白剤につけていく。雨で、外が静かだったのでBGMはシプリアン・カツァリスの弾く、フランツ・リスト「Bénédiction de Dieu dans la solitude」。孤独の中の神の祝福。

9時頃に雨があがったので走りに出かけました。
まだもわっとした雨上がり独特のカエルの死体臭さはなく、むしろさっぱりした空気がただよう散ってしまった桜並木の中を黙々と走っていく。ジョギングなのでBGMはいつものXJAPANをチョイスします。くーれーなーいーだーー!

買出し及び掃除洗濯をして、お風呂、ゴロゴロと週末仕様の祝日をすごし、夕方から三宮はバックビートというライブハウスへ。
お酒の先輩かつ相棒でもある友人のバンドを観にいきました。
花粉症と黄砂でよれよれのわたしでしたが、生の音を聴くと元気がでてくる。友人の出番まではちょっと意識飛んでいましたが…。

ライブでもコンサートでも、その時代、その時間、その場所にいないと直に聴けない音はなるべく聴くようにしています。
だって、演奏者の肉体が失われることで聴くことができなくなるなんて、ほんとうにもったいないと思わない? 幸運なのに。同じ時代に生きているということ自体が(と母はよく言う)。CDやレコードでも聞けますけどね、でもどんな素晴らしい音響装置があったところで、生には勝てないのです。

とにかく、ロックンロールだった。かっこよかった。次も愉しく叩いてください。手がつらない程度に。
途中の、姫路からきた少年たちもロックンロールでした。お、うら若き少年たちやんって感心していたら、出番のあと思いっきりタバコ吸っててびっくりしちゃいました。彼らが未成年でタバコを吸っているのか、実は見かけよりはかなり年齢が高くて立派な成人だったのかは、いまとなってはわかりません。やれやれ。

30日、仕事から帰宅してから猛スピードで掃除をして、冷蔵庫の中に腐りそうなものがないか確認し、いつものところへハワイの気分を味わいに。
天満の大先輩であるPくさんのリハビリ頑張って祝いをしに行ったのです。なんと病院を抜け出してきたとのことで、しましまパジャマにコルセット(二週間ほど前に腰椎を骨折されたのです)。Kいさんもお仕事帰りにいらっしゃっていたので、3人でわいわいときにはしんみり話し込みました。Pくさんにはおすしをいただき、ラフロイグ×1を、Kいさんにはラフロイグ×2をご馳走になりました。いつもいつもごちそうさまです。自分でも×2飲んで、すぐ帰宅して大阪駅へ。
GW前の金曜日で混みまくりの高速バスに乗って無事に帰省しました。

GWは右肩上がりの体重をなんとか落とし(今朝も1時間半ブートキャンプに入隊しました)、母に料理を習う予定です。
さあどうだ! 落とすぞ体重!

2010年04月22日

ロックンロールな健康生活

★4月5日~11日

この週は遅番(10時出勤6時終わり)だったのですが、時計を見るとたいてい短針が一回転している毎日でした。
時間が経つのがこれほどまでに早いとはこの時のわたしにはわかっていなかったのです(わかったところでどうにもなりませんが)。
定時に仕事は終わるけど、終わらせることができないのです。

おっと、仕事のことを書いてしまった。
一応、順調にすごしております。
プライベートなことでこの週にとても衝撃的だったのは、わたし激太りしてしまったらしく余裕で入っていたスカートがはけるのだけどぴちぴちすぎて上に上にあがってきたことでしょうか。
どんだけ~

あとオカマバーに連れていってもらったことでしょうか。
は●な愛氏のいたところらしいですが、激しく美しい男性ばかりでした。美しい肌とすらりとした脚を見ていると出てくる言葉は「きれい!」ばかり。ぱりっとしないZARAのジーンズにDIESELのよれよれのパーカー(いつもの格好。なおちゃんいっつもこればっかり)を着てすっぴんにまゆげをほんの気持ちかいただけの干物女はそこで一番浮いてる存在でした。お兄さん(お姉さん?)が相手にするのは男性諸君。
にしても、きれいでした。

 
★4月12日~18日

バタバタから一ヶ月近くたち、やっと生活のルーティーンができてきました。
毎朝6時半前には起きて、お弁当を詰めて、仕事へ行き、帰宅して掃除をしてご飯を作って食べて、長いお風呂に入って本を読んで寝る。金曜の夜と土曜は飲みに行く。
リソウの生活ができあがってきたのでとても満足しているのです。

わたしを知っている人からすると、まず自炊をして毎朝お弁当を詰めていることにたいへん驚くだろうし(中学校の調理実習以外にまともに料理をしたことがなかったのです)、翌日仕事のある日にお酒を飲んでいないことに大学の友人達は目を丸くして驚くだろうし(ご存知のとおり…)、狭い部屋に毎日掃除機をかけ週末には漂白剤に食器をつけていることなんて両親からすれば驚きすぎて泡吹いて倒れるんじゃないでしょうか(何しろ実家の部屋は長いあいだ廃棄物処理場並のカオスだったのです)。
しかし病的に掃除をするのと汚部屋のどちらがいいかといわれれば、精神衛生上は汚部屋の方がいいのかな? なぜって、前者はいつも心が休まっていないってことじゃない? なんだか気になるんです。常にクリーンな状態でいたい願望がある。部屋が狭いからということもあるだろうけれど…。

お酒を飲むのは金曜の夜と土曜だけ。というか、翌日に仕事のない日だけ(二日酔いはしないけれど、お酒が残るのはよくないとおもっている)。ということでいまのところほとんど例外なく金曜と土曜の夜はラフロイグにお付き合いいただいています。
遅くまで飲もうがオールナイトで飲もうが6時半に起きることはかわりがないので、土日は7時頃からジョギングに行きます。雨の日は行きません。嫌になってしまうと走れなくなってしまうからです。

淀川までは歩いて5分とすこし。てくてく歩いてJRの高架下からスタート。
淀川沿いを天満橋まで走って折り返して帰ってきたらちょうど5キロ。わたしの他にもジョギングをしている人や散歩をしている人がたくさんいるので、毎週土日に同じコースを走っていても風景に飽きることもありませんし、変質者もこわくありません。帝国ホテルの前にはにゃんこがたくさん日向ぼっこをしているし、淀川にはボートを漕いでる若者たちもたくさん(ボート部?)。
2時間前まで飲んでた~とか寝てない~とかいう日もあるけど、それはそれで別にいいと思っているのです。アルコール残っている状態で走るのがどうとか、そんな健康によくないこと、とかいわれるけれど、愉しくすごすのが一番健康によいとわたしは信じて疑わないのです。

帰ってきてから熱いお風呂がぬるくなるまで二時間ほどつかりながら、ipodとミニステレオも持ち込んで読書。通学通勤に電車に乗らなくなると、とたんに読書の時間ってなくなるんですね。
BGMにはXJAPANの「SCARS」や「JADE」(ベースがかっこよすぎてヘビロテ)やズービン・メータ指揮のチャイコのヴァイオリン協奏曲など、その時の気分と脳みその思考速度にあわせてチョイス。
ほんとうにつかれているときって、大好きな曲の歌詞さえ耳に聴こえてこない。楽曲自体の抑揚だけ。そんなときはクラシックが一番だと思っています。たとえ耳に入ってこなくて、脳みそが言葉を拒絶している時でさえも、音楽をかけていないと落ち着かない。そんな時があるのです。
でもお酒を飲んだ後でそこまでつかれていることはあまりないので、たいていビーチ・ボーイズを聴いていますが…。

ジョギング→長いお風呂のあとは買い物やら平日にできない細かいお掃除や、ごろごろ、読書、一週間分の買出し、買ってきたものでお弁当のおかずの作りおき(小分けにして冷凍しておくと平日朝に楽なのです)ですぎていくのだけれども、ヴァン・ヘイレンをガンガンに聴きながらお料理したり、XJAPANや東京事変のライブDVDをガンガンにかけながらお掃除するのって、ほんとうにたのしい。
iPodで音楽は常にかかっていますが、逆に一人暮らしをするようになってどんどん使わなくなっていくのがテレビ。DVDをかけるときしか使わないのでもうチャンネルは入力切替したまま電源を入れたり切ったり。一日に一回つけるかつけないかなので、もうずいぶん、世の中が遠いところにある。興味がなさすぎて、テレビをつけてても何も耳に入ってこないんです。重症や。
でも、いいんです。テレビで流れている情報の99.9999パーセントはわたしには関係のないことなのですから。

朝も夜もロックンロール(?)だけど、お隣さんには聴こえていないみたいなのでそこはご心配なく。
昨日すれ違ってご挨拶したときは、「おとなしいのでいらっしゃるか心配していたんですよ」との言葉が。もうちょっとボリュームあげて大丈夫かな。

2010年04月07日

新入社員になりました

卒業式を含む重要行事の日記は長いので後ほど。

★3月21~28日

飲んだ~

というくらい飲んだ日もありました。主にラフロイグを。
ひとりでラフロイグ祭りを開催していたのです。
そしてラフロイグを飲む度にその店につき一枚写真を撮ることにしたのです。きょうのラフロイグ。すてきで、しかも夢があるじゃない? きょうのわんこ、みたいで。

西天満のロックンロールなお店(ビーチ・ボーイズを、とリクエストして「Surfin' USA」がはじまり、他のお客さんがみんな合唱しはじめて思わず笑ってしまった)に行ったときにいつも通りラフロイグを頼むと、二杯目にじゃあこれ飲んでみますか、と言って出てきたのがラフロイグ・カスク・ストレングスという飲み物でした。
げんえきですわ、とおっしゃって、現役? ウィスキーに現役もOBもないだろーと思って黙っていたら、「ぽたぽたする、もとの液のことね」といわれ、ああそうか「原液」か、と納得した酔っぱらいです。ふふ。
ラフロイグとはすこし違う風味なのね。正露丸ではなかったかな。正露丸を水に濡らして二日間カプセルにいれて放っておいたような感じ? そんなことしたことないから分からないですけれど…。
ま、最初ストレートで味わっていたのが、半分くらいで止まっちゃって、最終的にロックで飲み干しました。あれはあのまま飲んでたらばいーんってなってた。いまインターネットで調べたらあれ55.7%なんですってね。記憶にある、おフランスで飲んだウォッカは40%くらいだったんですが。
しかしまあお酒って本当に相性がありますよね。わたしはラムとウィスキーととても相性が良いのですが、逆にビールがどうしても酔ってしまう。ビールが好きな方からすれば、ベルギービールとかとてもおいしいものがあるから飲んでみたらいいのに、と思われるでしょうが(そして実際よく言われますが)、発泡酒があかんのかな? わたしはベルギービールでも酔っ払ってしまうのです。でもシャンパンはとても好き。
一杯目のビールは全然大丈夫なんですが、二杯目からウィスキーにかわります。とことん空気が読めない子ですね。

せめて「カシオレ!」とか言えばまだ救いようがあるのに。


★3月のラスト3日間+4月1~4日

ついにバイトからお仕事にかわる日を含む一週間がはじまる。
学生気分の抜けないわたしですが、若干の緊張を携えた4月1日の朝、いつものようにお弁当をせっせと詰めて、戸締りをし、いざゆかんとテレビを消そうとしたそのとき、財前教授(唐沢寿明? 白い巨塔の、財前先生してる俳優さん)が「おはようございます」っていきなり挨拶をするもんだからびっくりしました。けれどわたしは、

おはようございます、新社会人のみなさん、おめでとうございます。

というメッセージからはじまる財前先生のスーツ姿のCM(AsahiのコーヒーのCMだったみたい)を、なんだかぼーっと見入ってしまいました。彼の演技力とそれに相応していると考えられるメッセージの内容がそうさせるのか、CMのプランナーが新社会人の心を鷲掴みにするようなツボをついているのかはわからなかったけれど(前者かな?)、財前先生が新社会人にあてたメッセージは、受信者が不特定多数だけれど送信元の想いがたいへんよく伝わってきたのでした。

エネルギーが必要なんです。
いまになって痛感しているのだけど、ちょっとしたときのメッセージってとても貴重なものですね。きょうは頑張ってね、とか、気をつけて行ってきてね、とか、なおちゃんなら大丈夫だよ、とか。わたしはシューカツが難航していた時の応援の手紙をいまだに握り締めるがごとく持ち歩き、メンタルが折れかけたときに眺めています。なんて心強いの。
だから4月1日の朝も、そんな大切なメッセージたちを歩いていくエネルギーに変換して、玄関の鍵を閉めました。
がちゃん。
ほら、もうここは外の世界でしょう?

一つ問題があるとすれば、あの時間帯(家を出る時間だから8時ちょうどくらい)は、新社会人ってもう出勤してると思います。ほら、わたしは職場まで自転車で10分だから見れたけれど。笑

2010年03月19日

卒業だけど、心の準備が

3月8日~17日

ついに卒業式の日がやってくる。
明日です。
一張羅のドレスやパンプスは卒業祝いや就職祝いに買っていただいたけれど、準備し忘れているのは自分の気持ち。まだまだわたしのメンタルは女学院の文学館L-19に置きっぱなしです。
困ったものです。これ以上わたしを困らせないでほしいのに。
そして卒論のレジェメ終わってません。何書いたらええんや~

本日は遅くなりましたがおめでたいご報告。
親友であり女学院時代の親友である相方Rいちやんがこの春おめでたいことに結婚します。
彼女はわたしがこれまで出会った人の中で(わたしが男性だったら)結婚したい人ランキング堂々の1位。2位の姿は遠く山道のカーブでみえませぬ。それくらい。
“そこにいてくれるだけで安心できる雰囲気”で不思議とこちらをしあわせにしてくれるひとってすくないと思うのです。こっちが安心しきっちゃうというか、顔の筋肉やら声やらを緊張させなくていいというか。そういう空気を醸しだしている人って。
彼女はわたしたちが出会った4年前の体育館へ続くチャペルの前の小道から、ずっとかわらずそういう女性。わたしにとっては、6時間近くポムの樹でしゃべりまくれて、しかもほとんど胃の大きさが一緒で、真冬でも31アイスクリームを食べながら瑣末なことを憂い、かといって話さずとも沈黙が共有できる、わたしの数少ない親友と呼べる友達です。

Rいちやんにはいつ何時も心配・迷惑・世話の三拍子揃ってかけまくったわたしだけれども、あなたのしあわせをいつでも願っております。

お空にお願いしよう。
門戸厄神や西北、須磨、吹田や神鍋に名古屋、マドリードやコルドバ、ミラノにフィレンツェのお空も、Rいちやんのしあわせを願うのならば、と、きっとお願いをきいてくれるわ。

こころから、ほんとうにおめでとう!

そんなこんなで二次会の準備やら、新生活の準備やら、ダイエット(意外に重要。卒業式に謝恩会、結婚式があるのだから。)で大忙しのなおちゃん。
大忙しだからラフロイグとお付き合いする量が増えてて、既に人生何杯目のラフロイグかカウントできません。

この前ラフロイグもですが、酒場の先輩方にごちそうになってしまって(みなさん天満新参者にとてもよくしてくださって頭が上がらない)、I.W.HARPERをロック(途中でちょいソに改造)でと、FOUR ROUSESをロック(途中で水割りに改造)でいただきました。
ウィスキー祭りですね。ふふ。(横からバーボンじゃん、という声が聴こえてきそうです。)
あ、そのあとピニャコラーダもお二方に一杯ずつごちそうになりました。Pくさん、Kいさん、ごちそうさまでした。ここはみていらっしゃらないけれど。

むっちゃ酒飲みみたいですが、わたしむっちゃくちゃ食べるのです。はい。胃袋がおおきいのです。フツーの女の子より。一人暮らしをして自炊をするようになって気付いたのですが、たいていお料理のレシピって二人分じゃないですか。で、そのまま作るじゃないですか、二人分。全部食べますもんね。驚いたことに。
だからお間違いのないように。“よく食べよく飲む子”なのです。
“よく飲む子”じゃなく。

2010年03月08日

正露丸でばいーん

3月1日~7日

愉しく飲んだあとに、吐いてしまったりひっくり返ったり道に寝っ転がったりしてもおもしろいかもしれないけれど、グロッキーになっちゃうのは本当に愉しくない。なにより次の日しんどい。ああまた歯がとけてしまったなという感じもするし。

 シューカツのおかげでずいぶんお酒に強くなった(いつも人に説明するときに『風の歌を聴け』の僕の言葉を借りています。「25メートル・プール一杯分の」ってやつです)わたくしのブームは正露丸。ラッパのマークの正露丸じゃなくって、ラフロイグというアイラモルトなんですが、これがまたぜつみょーな味をしているわけですよ。もはや中毒になりそうな。というか既になってる感じです。
ちなみにどこが正露丸なのかと言いますと、あの正露丸独特の匂いはグラスに入ってる時点ではそんなに漂ってこなくて、飲んだ後5秒くらいで喉のあたりが「正露丸ーッ!!」ってなるんです。えっわからないって? 飲んでみてください。
最初に飲んだ時はそりゃあもう「わたしこんな癖のあるウィスキー飲める日がくるなんて思わないわ」なんてかわいこぶったくせに、気になって二回目はトワイスアップで、三回目はロックで…ってことは四回目以降ストレートですね。こりゃ確実に。(二回目は愉しくないことになりました。ばいーん。)
ラフロイグのいいところは、「正露丸ください」といえば出てくるところ。最初名前が覚えられなかったとき酒場ですれ違う諸先輩方に「正露丸が…」と言うと、ちゃんと「ラフロイグ?」と返事がきました。これはきっと、世界共通なのよ。正露丸の匂いがラフロイグの匂いで、ラフロイグの匂いが正露丸の匂いであるということが。違うかったらごめんなさい(大幸●品さんもごめんなさい)。天満だけかな。
ただ、ふつーの居酒屋にはおいてないんですよね。食べに行った先で店員に「ラフロイグありますか?」って聞いても「ハァ? 何ゆっとんじゃワレ」みたいな顔しながら「いやーメニューにのっている分しかおいておりませんで…」と言われるのがオチですもん。

話がかわりますけれど、最近ガールズバー増えましたね。賛否を言うつもりはありませんが、むちゃくちゃ寒いのにものすごい短いショーパン(ショーパンはそもそも短いという意味がある…)やスカートをはいたギャルたちがJRの駅前で「1時間3500円」「かわいい子揃ってます」なんて書いたホワイトボードを持って立っているのをみると、世知辛い世の中だなぁと思ってしまう。女のわたしは誘われるわけではないので、いつもちらっと人間観察をしてとおり過ぎるのですが。彼女たちはラフロイグと言われてわかるのだろうか。


 今週は月曜日から金曜日までびっちり外食だったので、昨日と今日と休肝日です。別れの季節にはいろんな行事が入るものです。
でもさすがのわたしも5日連続となると肝臓も持ちませんわぁ…。

2010年03月01日

カエルといっしょに引越してきました

2/27 将来の夢はお酒の神様

小さな頃からカエルが好きでした。物心ついた頃にはケロケ●ケ●ッピに囲まれて大阪は交野の街中でカエルを見かける度におっかけまわし、それから20年ほどたったいま一人暮らしをしている天満の部屋もカエル(グッズ。飼育はしておりませんよ。)だらけ。実家の部屋は取り返しのつかないことになっているのでわたしの死後はカエルグッズ博物館にしていただきたい。最近なんて大学の友達のお母さんがカエルの置物をわたしだと思って話しかけていると聞いて、驚きながらもなんとなく話しかけられた気がしたほど(ほんまかぁ?)。カエルの存在が視界に入ると何があろうとそこに行ってしまうのです。ちなみにパソコンのマウスもカエルです。ナカジマコーポレーションという会社の「かえるのピクルス」というシリーズがあって、新しい人形(Mサイズ)が出る度に購入しているので一年間のカエル費がとんでもないことになっています。小さい頃カエルに関係するどんなトラウマがあったのでしょうね。わたしの脳みそよ。

カエル式の挨拶で長々と出落ち。すみません。
遅ればせながら…はじめまして、カエルとクラシックとロックとお酒と村上春樹をこよなく愛する古田奈緒美と申します。2010年3月に、わたしの人生の最も愉しい時間をあらゆる角度から提供してくれた女学院を卒業する予定です。4月から社会人です。いまこんなわたしに内定をくださったところでバイトをしつつ、大阪は天満で一人暮らしをしております。実家はABCゴルフ場のあるところ。これを書きながら実家に帰省すると成績表が届いていて、どうやら卒業出来そうでした。ありがとうございます。
「先生はえらい」を読んで衝撃を受けた高校時代から今の今まで(昨日帰国した台湾ゼミ旅行でも)たいへんお世話になりまして、しかもまだここでお世話になろうと厚かましい申し出を快諾してくださったので「出てってね」と言われないように、愉しい日々を綴ることができたらいいなと思っております。わたしの人生のテーマは「思いわずらうことなく愉しく生きよ」なのです。江國香織さんの小説から。いや本当に。そしていつか誰かの「配電盤」になれればいいと思っているんだ(これは村上春樹氏から)、オールドスポート(これはグレート…以下略)。

 そうそう、24日から26日までゼミのみんなと先生で台湾に行ってきたのですが…なかなか台湾でした。もちろん台湾に行ってるから台湾なのは当たり前だけれど、台湾的としか言いようがないのですもの。道を歩けばどこからともなく匂ってくるくちゃい豆腐とか焼いたお肉をサラダ油で満たした鍋に突っ込んだように脂でテカテカの豚さんやら、一台倒したら5キロさきまでひたすらドミノ倒しでがちゃんがちゃん倒れていきそうな原付バイク。あ、あとむちゃくちゃ重く感じた排気ガス。こりゃ困りました。御堂筋や新御堂のど真ん中に一日立っているより断然空気が汚い(そんなことしたことないけど)と思う。街中でカラフルなマスク売ってるし。ただわたくしアジア旅行がはじめてで他のアジア諸国を存じ上げません故おもいっきり見当違いなこと書いているかも。中国や韓国もこんな感じだったらすみません。けれどガイドさんが教えてくださった台湾料理典のお料理はおいしくて(キンヨウというお店でした)。それに聞いていたとおり台湾の方々がかなり親日的なおかげで誰ひとりとして中国語が話せないのにノー事故ノー怪我。すばらしい。一緒にいった内田せんせいにゼミのみんな、3日間ありがとう。愉しかったから帰りの飛行機でも愉しく飲んじゃって周りのおじさんの視線が少々痛かったです。でも飛行機はアルコール無料なんだもん。

 こんな感じの毎日(?)をすごしている22歳です。最後になりましたが長屋にお住まいの諸先輩方はじめ、みなさまどうぞよろしくお願いいたします。