忘れられない話

 争点にならない五輪の「レガシー」

 東京都知事選挙がありました騒ぎが大きかった割には、毎度の事ながら何が争点だったのかは、わからずじまいでした。今回はそれだけではなく、不思議と議論にならなかったことがあります。覚えてますか東京五輪。「パリ五輪が95%既存建物や仮設施設を使っている」との話題も出てきたのに、東京五輪の巨大赤字をどうするのか、誰も問題にしていません。私の知る限り、現職のこの重大責任を追及した新人候補はいませんでした。
 日本一の金持ち自治体だからそれぐらい気にしないというのでしょうか。けれども、地方交付税の財源を一人で稼いでいる東京都が、今後は五輪の後始末に専念するはめになれば、日本中になにがしかのツケが回ってくるはずです。でも、私の見た限りマスメディアはどこも大して問題にしていません。ネットメディアでも同様です。
 借金して大盤振る舞いしてメディアともども納税者は忘れてしまう......結構な話なのかも知れませんが、大阪万博で無理矢理盛り上がっている某政党やら、横浜でいつのまにかやることが決まっている世界花博の主催者やらを、勇気づけてしまうのではないかと恐ろしい限りです。
いっそのこと、札幌五輪招致を断念したJOCは今回に限り執行猶予として、博覧会協会の方はこの機会には解体して、「今後は我が国は万国博覧会の類いは一切行わない」とするのが国民の為だと思うのですが。

 五本の柱

 九州の筑後川に大石堰というかんがい用の石垣があります。江戸時代の巨大公共事業ですが、工事の最初に作られたのは5本の柱。失敗したときに、事業を申し出た5人の庄屋さんを磔(はりつけ)にするためのものでした。
 責任をうやむやにしたいための柱。例の神宮外苑で伐採した巨木の廃物利用や大阪万博が誇る木製リングの再利用にも御検討いただきたいものです。東京五輪の赤字額が確定するのはかなり先ですが、知事は早めに採寸だけでもしておいたらどうでしょう。今ならエジプト十字架タイプも対応可能です。一生背負われるのが良いと思います。大阪の方は巨額の赤字が確定的ですから、すぐに取りかかりましょう。おとなりの致死性パワハラ知事さんと枕を並べてというのも分かりやすいでしょう。
 さすがに本人を磔けてしまうのは衛生上問題がありますから、ロボットで代用するとしてボタンを押せば自分がなぜこうなったのか喋るようにしましょう。詞書きとメカは大阪伝統の文楽の様式でAI制御。新旧の技術の融合。これほど見事なレガシーはそうありません。カジノの人寄せとしても最高です(それにしても、なんで万博に文楽館を作らないのでしょう。吉本よりよほど科学技術振興と愛称が良いと思うのですが)。
 これならパリ五輪開会式の悪趣味演出に十分対抗できます。

 公共事業の失敗で命まで差し出せというのはさすがに暴論ですが、何事も無かったように、その地位に居座るというのはいかがなものでしょう。東京五輪にしろ大阪万博にしろ、国民が失った資産、あるいは今後するであろう負担の大きさは、マリーアントワネット個人の浪費よりもはるかに大きいはずです。200年以上たっても許さずにバーチャル再処刑までするフランス人のしつこさを、私たち日本人も見習うべきだと思います。

 「詰んで」しまっていたリニア

 ところで、リニア中央新幹線のトンネル工事で岐阜県瑞浪市の井戸水が涸れた事件、覚えておられますか。その後どうなったか、6月以降報道は皆無。水漏れは止まったのでしょう。メディアの続報は皆無で、あちこちリンクをあたってやっとJR西の広報資料を見つけました。

https://company.jr-central.co.jp/chuoshinkansen/efforts/gifu/_pdf/gifu-office-info01.pdf

 一言で言えば、出水の対策は目処すら全くたっていないということです。溜め池が多数あるような決して地下水が豊富ではない瑞浪でも、この始末です。リニアというのは土木工事としては国策中の国策で、十分な調査と最高レベルの施工が行われているはずなのに、出水を予測することも、半年がかりででも水を止めることもできなかった訳です。「水の流れは急変する。下に向かうことだけは確かだ」なんて孟子の自体からわかっていました。
 結論を言えば、今の人間の技術では大深度地下トンネルを作るなら、大規模な出水と近隣での永久渇水を覚悟する必要であると言うことです。リニアや北陸新幹線はもちろん、今後の大規模なトンネル工事は事実上「詰んで」しまったということです。

 この記事を書いている最中、8月1日付けの日経新聞には、岸田総理が「2037年中のリニア中央新幹線全線開業を堅持」との声明を出したとの記事がありました。地図や写真の入った5段抜きの大きな記事で、静岡の前知事の一件などには触れているのに、この岐阜瑞浪での水漏れの話は全く出てきません。現実に工事が止まって再開の目処が全く立っていないのに、工期に影響はないのでしょうか。
 来年までに政権の座にいるかどうか怪しい総理が、無責任に花火を上げるのは普通のことですが、報道する側が水漏れ事件に言及しないのは、かなり困ったことです。担当記者が瑞浪の件を忘れていたのではないことを祈ります。

 今回、言いたいことはこれだけなのですが、以下、見つけたデータを私自身のための備忘録をかねて、少し詳しく解説します。「ここは長屋だ。物置じゃない」との声が聞こえそうですが、この記事に反論したいかたや、データをどこか外部で引用したい方、暇をもてあましているかたなど、おつきあいいただければ幸いです。

 美しいグラフ、恐ろしい現実

 上のリンクのグラフを見てください。トンネル内に漏れ出てきた水の量の測定です。5月20日の水止め工事の効果は若干見られるものの、それでも毎秒15リットル程度以上の水が出てきています。これは一日で1200トン、標準的な小学校のプール約4杯分の量です。しかも、工事継続中には水量の増減を繰り返しながら、もとの20リットル程度の量にもどりつつあるように見えます。これは、止水剤などで一時的に穴を塞いでも、水が別のところから噴き出してくる、モグラ叩き状況を表しているように思えます。
 二番目のグラフ、初めて見たとき息を飲みました。作ったような見事な水漏れのグラフだからです。屋外で観察する自然現象で、これほどきれいなデータは滅多にありません(満水の風呂の栓を抜いてお湯の深さを記録すると、こういう感じになります)。

 北組(井戸)とあります水色の線を見てください。4月15日前後に突然水位がさがりだし、雨が降るたびに若干は回復、けれども6月17日ごろ水が底をつき水位の低下が止まる......「地下水層のどこかに穴があき流出がはじまった」以外の解釈は無理です。
 その後、7月の3回の大雨ではもとの地表付近まで水位が回復するが、またすぐに下がりだし、しかもその速度は6月以前よりも速くなっている。これは、7月の大雨の水で穴が拡大し、水漏れの速度が増えている考えるのが妥当でしょう。

 そして最初の出水のグラフと二番目の井戸水のグラフを比較すると奇妙なことがわかります。北組井戸地下水層からの流出がはじまったのと同じ時期に、トンネル内の湧水量がパタっと減少しています(22→19リットル/秒)。もしこの地下水層の水がトンネルに流れ込み始めたのなら水量が増えるはずですが、現実は逆になっているのです。
 もし、この二つの現象に関係があるのなら、どこかで新たに大きな水の流れができ、そこに北組井戸の地下水も、トンネルに湧くはずだった別の地下水も、ともに引き込まれていったというシナリオなのでしょうか。以前「天然のピタゴラスイッチ」と書きましたが、地下水のメカニズムは、少なくとも現在の大深度トンネル技術で対応できるほど、単純なものではないということです。

 さて、三番目のグラフも見てみましょう。すでに報道されていることですが、トンネル工事前から地下水の状況を調査するためにわざわざ掘られた観察井1~3で、2月の半ばの時点で大きな水位の低下が見られています。けれどもJR東海はトンネル工事を続行し、約二ヶ月後に北組井戸など既存の貯水施設であいつで水位の低下が始まったわけです。「炭鉱のカナリアがバタバタ落ちているのに逃げなかった鉱夫がどうなるか」という話です。何のための観察井だったのでしょう。あれほど明確な水位低下が複数の場所で、しかも同時に出ていながら工事を止めないのなら、観測井などはじめから無用です。

 それにしても、今後JR東海はどうするつもりなのでしょう。おそらくいくら止水剤でトンネルの回りを固めても、地下水全体の流れが元にもどることはなさそうです。
 また、大量の水が流れ込むトンネル内で高電圧を扱うのは、いくら排水で対応できたとしても危険です。何らかの方法で水をの流入を止めなければなりません。困難な作業ですが仮にそれがうまく行ったとして、行き場を失った水はどうなるのでしょう。トンネル周辺に貯り浮力でトンネル自体を持ち上げたり、地下に滑り面を作って地滑りの原因になったり、鉄砲水となってどこかに飛び出したり、何をしでかすかわかりませんから対応が必要です、でもどうやって大深度地下に排水路を作るのでしょうか。

 さらに頭が痛いのは、水田地帯の下を潜る大深度トンネル工事では、どこでも同じことがおこきうるということです。完成後も、地震・川の氾濫などの自然災害や近隣での別の大規模工事、トンネル自体の経年劣化などで、新たな地下水の流入がありえます。技術的には政治的にも経済的にも、この問題の対応に目処が付かない限り、リニアのトンネル工事は先に進めないはずです。実際、岐阜瑞浪では止まっています。
 普通に考えれば、よほど画期的な探査技術と防水技術が発明されるか、よほど強引な政治判断をして被害者を黙らせるかしない限り、工事の再開は無理でしょう。けれども、なぜかメディアはこの議論は黙殺しています。
 今後どう話が展開するのか、予想もつきません。大阪万博の木製リングの柱は約6000本ありますが、この分ではすぐに満員になりそうです。

 少し訂正をしたいと思います。新大阪京都間の第Ⅰ区、京都市内の第Ⅱ区、京都小浜間の第Ⅲ区と比べて、小浜敦賀間の第Ⅳ区は問題があまりなく普通に着工できるというようなことを書きましたが、最近「鉄道・運輸機構」が発表した資料を見ると、本当にそうなのか自信がなくなりました。要は、トンネル工事が必要で第Ⅲ区と同じような地質的な問題はあるが、規模が小さいことや丹波山地ほど山深くないことで、状況がかなりマシだというだけの話なのです。


竹槍でもやってる感

 先日「鉄道・運輸機構」が「関係府県との間で同調査の進捗状況の情報共有を図」るために、開いている「北陸新幹線事業推進調査に関する連絡会議」のhttps://www.jrtt.go.jp/project/turuhannrennrakukaigi5.pdf議事録(2024年6月19日)が公表されました。典型的な大本営発表。「事前調査が進んでおり、着工の準備万端調っていますよ」「だから、米原ルートなんか忘れてくださいね」というアピールです。けれども、少しの専門知識と十分な冷静さがあれば、あちこちにボロがあるのが分かります。
 もとになっているのは、

1)無料で入手できる資料(「用地関係調査」......不動産業者が山ほど持ってきます)
2)少なすぎる調査(「地下水関係調査」......地下水・河川水全20箇所を採取し成分分析)
3)会議室とパソコンだけで出来る仕事「(「受入地事前協議」「鉄道施設概略設計」「道路・河川等管理者との事前協議」

 少しはまともそうな「地質関係調査」では、やってます感を出すためなのか、地質断面図のようなものを成果として提示しています。もっとも、着工前に無理矢理ひねり出した20億円に満たない予算での調査なので、竹槍で極音速ミサイルと戦うようなものです。

 その「実施結果」とやらを見てみましょう。本当は、資料の図表を持ってきたいのですが、知的所有権で問題になるのもつまらないので、興味のある方はhttps://www.jrtt.go.jp/project/turuhannrennrakukaigi5.pdf元資料の議事録(2024年6月19日)を見てください。もちろんここでは、図が無くても、一通りわかっていただけるように、説明をします。

 調査の中心はボーリングだというのですが......

「敦賀・新大阪間の全線で25本のボーリングを実施」。敦賀・新大阪間の距離は150kmです。6kmに一本。これで何かを建設するための議論をするのも......楽しそうですね。
「ボーリング調査結果と文献調査を活用し、福井県内及び京都府内の山岳トンネル区間約80kmの地質縦断図を作成」......仮にこの区間にボーリングを集中させたとしても、3.2kmに1本。東京の山手線や大阪の環状線の2駅分ぐらいの距離です。これで何か地質図を作れというのは、地質学的に言えば一種のパワハラです。

隠しても三大リスクが揃い踏み

 その「地質縦断図」の例として出てきたのが、小浜線の栗野駅付近から十村駅付近までと思われる20km弱の区間の「地質縦断図」です。何本のボーリングをしたのか。下手をすれば、図に点線の囲みがある2カ所だけかも知れません。
 「ボーリング調査に加え文献調査※も活用し......(※ 産業技術総合研究所 地質調査総合センターhttps://gbank.gsj.jp/seamless/v2/viewer/?mode=3d¢er=35.5522%2C136.0011&z=12&v=1&dip=0&azimuth=359.21732521668963&target=cursor「20万分の1 日本シームレス地質図」による)」とありますが、これだけで「地質縦断図」など描けるはずがありません。
実際、このシームレス地質図よりも「地質縦断図」の方が細かいデータが盛り込まれています。どこからデータを持ってきたのでしょうか。資料には引用元がありません。
 おそらく、この部分は舞鶴若狭(高速)道路(2014年全線開通)とほぼ平行に走る区間で、建築時のの詳細な地質データが入手できたのだと思われます。ですから、先行調査が皆無の第Ⅲ区の丹波山地で同じマジックは出来ません。こんな状況で、今年中に詳細な全コースの場所をどうやって決定できるのか全く解りません。

 ではその労作「地質縦断図」をじっくり読ませてもらいましょう。どうやら、故意に分かりにくく描いているように見えます。まず、通常「地質断面図」と呼ぶところを「地質縦断図」と名乗っています。ネット検索回避なのでしょうか。図中には具体的な地名も縮尺も一切なしなので、場所を推定するのにも一定の知識がいります。
 岩石名も、「緑色岩」・「珪質岩」と、見慣れない表記が使われています。一般的には「玄武岩」・「チャート」と呼ばれ、例のガチガチに堅い岩石です。「撤退」を「転進」、「全滅」を「玉砕」と呼ぶような言い換えなのでしょう。
 また、右の方にさりげなく小さく「貫入岩」の文字、図にそれらしき線上のものが2カ所ほどあります。花崗岩類と区別しているのですから、おそらく福井県によくある安山岩の岩体でしょう。北海道新幹線の工事を3年遅らせた凶悪な火成岩です。
 まとめて言えば、前回、第Ⅲ区で指摘した玄武岩・安山岩・チャートの、シールドマシンにとっての三大リスクが揃い踏みしているということです。

トンネル工事はミニⅣ区でも13年仕事

 この図を見る限り、ここにトンネルを作るのは20km前後の距離でも簡単では無さそうです。山が低いことや、途中の谷を「あかり区間」として使えそうなことは、確かに救いですが、残土に関しては最低でも第Ⅲ区の3割程度は出てきそうです。つまり、いろいろな点で第Ⅲ区のミニ番が第Ⅳ区です。
ところでこの「地質縦断図」のある20kmほどの区間に、トンネル(仮に美浜トンネルと呼びます)を掘るとするとどれぐらい時間がかかるか推定してみましょう。参照するのは、ほぼ平行して走っている舞鶴若狭自動車道の3つのトンネルの長さと工期です。短いトンネルですから、あかり区間や立坑のない直結方式で、両側から掘り進めるとして、一日当たりの掘り進む距離を計算します。

 矢筈山トンネル 2418m 約3年半 0.9m/day
 御岳山トンネル 1338m 約3半 0.6m/day
 野坂岳トンネル 2348m 約4年半 0.7m/day

 荒っぽい計算ですが、1日に掘り進められる距離は平均で1mを切っているのは間違いありません。花崗岩やらチャート相手に苦戦している様子がうかがえます。これを北陸新幹線第Ⅳ区の「美浜トンネル」に適用してみます。あかり区間として真ん中の谷が使えますから、20kmを四カ所からほることになり、各工区5000mがノルマになります。

 5000 ÷  ( 1 × 365 ) = 13.7 年

 13年以上かかります。同じ方法で計算すると第Ⅲ区にある40kmのトンネルは、25年以上かかることになります。工事の難易度を考えれば、第Ⅲ区の方が早く進捗する理由はまずありません。リニア中央新幹線であった大量出水やら北海道新幹線であった巨大安山岩の出現やらがあれば、さらに数年単位で工期が遅れます。
 では、第Ⅲ区と第Ⅳ区どういう順番で工事をはじめましょうか。技術的にだけ考えれば、この「美浜トンネル」がある第Ⅳ区の工事をしながら技術開発やら岩盤の研究を進めてから、おもむろに第Ⅲ区に挑戦するのが妥当だと思うのですが、そんなことになれば、工期は合計で35年を超えてしまうでしょう。だと言って、第Ⅲ区と第Ⅳ区の工事を同時進行することになると、さらに人員やら機材やらが不足することになります。普通に考えれば、第Ⅲ区や第Ⅳ区の山岳トンネルのことを考えるだけで、15年の工期など夢物語なのです。

易者対技術者

 もうひとつ、残土の毒性調査に関しては、意味不明の報告が出ています。「ボーリング調査により得た試料から重金属含有に関する試験を実施し、対策土の含有率を約30%と推定」と言われても、現在残土の毒性が一番指摘されているのはヒ素です。それがなぜか、重金属の話にすり替わり、「対策土の含有率を約30%と推定」などと言っています。
 トンネル残土800万tの30%なら立派な鉱山じゃないですか。もし重金属が全部金だったら、今日中に国税庁を廃止しましょう......などとイジワルは言いませんが。意味も根拠も不明な「含有率」です。何度も書きますが、25本のボーリングだけで工事のリスクを「推定」するのは地質学というより易学の世界。当たるも八卦当たらぬも八卦、評価すること自体が野暮です。
 ところで、ひとつ不思議なのは25本しかできないボーリングを、わざわざ花崗岩地域でやっていることです。強固な岩盤やら多量のヒ素やら、不利な情報がバンバンあがってくるはずです。現場技術者たちは工事の困難さを早めに主張して、なんとか上を諫めようとしているのかも知れません。惨めな撤退が目に見えているようなプロジェクトに、下手に巻き込まれたら、自分の技術者人生を丸ごとつぎ込むことになりかねないからです。

温泉名物、人間焼売

 もうひとつ、あまりメディアに登場しないリスクを指摘しておきましょう。この手のヒ素やら花崗岩やらがあって、マグマの気配のする場所のトンネル工事で、よくおこるのが熱水の噴出です。「北陸新温泉で村おこし」などと呑気なことを言っている場合ではありません。近隣にある有馬温泉や城之崎温泉の泉出温度を考えれば、100度近い熱湯がいきなりトンネル内に吹き出すかも知れません。この点だけでも、地質構造がよく分からない場所でのトンネル工事は命がけです。
 そこまで劇的ではなくても、温泉水のせいで岩盤の温度が数十度にもなっていることもあります。黒部ダムの工事用トンネルでもおこった問題です。とりあえずこれを冷やさないと、鉄道トンネルとしては使い物になりません。こんなところで、列車が緊急停止し長時間停電が続くと、乗員乗客は人間焼売になってしまうからです。緊急時に備えて、小浜駅には醤油と酢、それに辣油か辛子を用意しておきましょう。

 もうひとつ、ここでも水問題がついて回ります。由良川の清流が枯渇するかどうかは不明ですが、そうなったらどうやって補償するのでしょうか。広大な水田を含む流域全体の経済基盤にかかわる話です。ため池や井戸水などにも問題がおこるのは、岐阜県瑞浪のリニア工事で経験済みですが、それを大規模の再現することになります。
 今回のように長大トンネルだと、それだけでは済みません。瑞浪のケースと同程度の出水がトンネル内あった場合、どこにそれを排水するのでしょう。とにかく地上まで汲み上げるのは仕方ありませんが、ヒ素などの出汁が利いている場合には浄化設備を作るはめになります。すると、今度はそこから出る高濃度ヒ素入り残土はどうするのか、問題の連鎖は、工事予算と工期を食い潰しながら延々と続き、完成後のランニングコストにまで響きます。
 それほど深刻ではない普通の漏水でも、中間拠点の近くで排水して由良川を丸ごとドブにしてしまう根性も、京都側の鴨川にこっそり流す度胸もないのなら、小浜側の日本海に捨てるよりありません(許してくれたらの話ですが)。ポンプでの汲み上げが必要です。仮に北陸新幹線が廃線になっても、このポンプは、トンネルを完全に埋め戻してしまわない限り止められません。
 また、あかり区間などから下向きにトンネルを掘っているときには、排水ポンプは作業現場の命綱です。出水量が急に増えたりポンプが故障したりすると、掘り進めている先端の「切羽(きりは)」が水没する恐れがあるからです。さすがに作業員が避難する時間はあるでしょうが、高価なシールドマシンなどは、水没が長引けば修理不能になるでしょう。

 日本のお家芸インパール作戦

 火成岩や温泉水・地下水のリスクは、掘ってみなければわからないタイプのもので、綿密な事前調査をすれば、かなり避けられるはずです。けれども、北海道新幹線やリニアで起こったことを考えれば、現在の技術力に問題があってリスクを見落としているのか、技術者が指摘したリスクを経営者が無視しているのか知りませんが、我が国の大規模プロジェクトには、無謀な決断を事前に回避できない「インパール体質」があると思います。
 最近リバイバルしているNHKの人気番組に「プロジェクトX」があります。困難に立ち向かう技術者が出てくるという意味では、理系・物作り応援歌のようにも見えますが、上からの無理な要求を、現場担当が理詰めで説得し阻止した話はひとつもありません。言い換えれば、ユーザーや経営陣の無茶振りが、現場の体育会的努力といくつかの幸運によって解決されたという話ばかりです。
 この手の成功経験が作る神話が、その後、致命的な敗北の遠因になるという話はいくらでもあります。「科学技術者はドラえもんである」「国民はのび太君になりなさい」と言うのは、結局は神州不滅を信じて突き進んだインパール作戦と同じだからです。

 大学時代に受けた講義で最も印象に残っている話は、あるノーベル賞級の物理学者から聞いたもので「科学法則の本質は禁止側である」というものでした。つまり、「○○は不可能である」「△△はありえない」というのが、科学法則の本質であるというのです。
 実際、「永久機関は作れない(エネルギー保存則)」とか「秩序は本質的に崩壊する(エントロピー増大の法則)」とか、「矛盾の無い数学体系は作れない(不完全性定理)」など、人類の夢をピシャリと撥ね付けるような「性格の悪い」大法則がよくあります。
 だから、上役やスポンサーがいくら熱望しても、「出来ないものは出来ない」とはっきり言うのが、科学者の本質的な仕事なのかも知れません。ドラえもん型科学技術者とは随分とメンタリティーが違います。

 北陸新幹線でも、促進派がアセスメントを早く済まそうとするのも変な話です。環境にしろ費用対効果にしろ、真面目にアセスメントをすれば、小浜ルートなど環境面でも経済面でも簡単に没になるはずです。そんなことを促進派は夢にも思わないとすれば、随分、科学自体がなめられたもので、「昔預言者、今アセス」とでも言いたくなります。
 けれども、預言者や予言者の言うことを無視したりねじ曲げたりすると、最終的にどうなるのか知りたければ、聖書でも、古事記でも、雨月物語でも、カルメンでも良いですから、お好きな古典を読んでみてください。アセスを無視したらどうなるかは、ご自身の末路がいずれ古典になって残ると思います。

 前回は、小浜京都間の山岳トンネルで残土の処理が最大の問題であり、特にヒ素が含まれている可能性が高いことがネックになっていることを説明しました。それにしても、工場地帯でもない山の中の土砂に、なぜヒ素が含まれているのでしょう。ここいらへんの話はほとんど報道されていませんので、少し詳しく解説してみます。

 地球上の岩石には大きく分けて、マグマが冷えて固まって出来た火成岩と、海底や湖底に貯まった土砂が自重で固まって出来た堆積岩とがあります。感覚的にもわかると思いますが、圧倒的に火成岩の方が堅くて、トンネル工事などで相手をするのはより困難です。
 次に、マグマが誕生してから無くなるまでの経緯を簡単に解説しましょう。
 地底深くは地表より高温高圧です。そんなところに海水が流れ込んだりして温度と圧力のバランスが崩れると、その場所で岩石が溶け、マグマの誕生です。
 このマグマが地表まで出てと噴火となって火山ができるわけです。ところが、地下深部、地表から遠いところで出来た西日本のマグマは、噴火前に温度が下がってしまい、地下内部で固まってしまうこともよくあります。今回の延伸部分では小浜付近やら京都市内にある巨大な花崗岩帯はこの例です。

 こうして岩石成分がほぼ全て固まって離脱し、高温の水溶液のようになった状態のマグマをペグマタイトといい、金や銀などの鉱脈ができることもあります。ただし、ヒ素やらウランやらの嫌らしい元素もごっそり出てきます。
 ここからさらにマグマの温度が下がると、熱水すなわち温泉になり、最後の最後はミネラルを多く含む地下水(冷泉)になります。活火山が無い近畿地方にも、温泉地はたくさんあります。丹波周辺だけでも、城之崎・有馬・湯村などがあります。これらの温泉と同じようなメカニズムで、マグマによってヒ素は京丹波地域の土壌に運ばれて来たのです。

 残土などの環境問題を別にしても、ヒ素の発見は北陸新幹線にとってバッドニュースだと思います。ヒ素の多い地域には、花崗岩の巨大岩体も多い傾向があるからです。
 国土地理院作成の地質図では、小浜から京都市街までの区間はほぼ全て、太平洋の底の泥が固まって出来た「付加体」という堆積岩中心の岩盤で、花崗岩は見つかっていません。けれどもこれは地表の話で、地下数100mのトンネルを掘れば、巨大な花崗岩体にぶち当たる可能性は決して小さくありません。まるで待ち伏せしている刺客です。

 一方、「付加体」の堆積岩は楽勝かというと、そうとも言い切れません。太平洋の底にたまる泥と言っても、放散中や珪藻というプランクトンの細かい化石が大量に含まれているからです。岩石名はチャート(写真1参照)。やたらに堅くて粘りもあるので、トンネルを掘るシールドマシンは苦戦するでしょう。
 前にも書きましたが、北海道新幹線の工事では高さ17mの安山岩(火成岩)にシールドマシンがのめり込んでしまい、仕方なく横から穴を掘って助け出すという事件https://www.uhb.jp/news/single.html?id=42901&page=2が起こり、工事が2年ほど遅れました。花崗岩は安山岩よりもさらに堅く、しばしば数100m規模の巨大な岩体になるので、まともに突っ込んだら工事の遅れは2年では済まないでしょう。
 また、元々は太平洋の底だった玄武岩も、上にのった泥と一緒に付加体に巻き込まれることがあります。風化が進んでいるので花崗岩ほどではないでしょうが、これだって火成岩ですから結構堅いものもあります。
 さらに言えば、兵庫県西宮市にある甲山(かぶとやま)のように、花崗岩とはタイプの違う火成岩である安山岩が紛れ込んでいることもあります。ちなみに、北海道新幹線の工事を止めたのは、このタイプの火成岩体でした。
 まとめて言えば、堆積岩最強のチャートがあるのはほぼ確定的で、火成岩最強の花崗岩体が助っ人に参入しているかも知れません。両者がタッグを組んで、さらに堅い変成岩になって待ち構えていることもあります。また玄武岩や安山岩が忍者のように突然現れることも、想定しておくべきでしょう。
 つまり、ろくに地質調査ができていない山地にトンネルを掘るということは、刺客やらゲリラやらがウヨウヨいる街に、呑気に観光に行くようなものです。何が起こるかは偶然でも、何かがおこるのを想定しないのは無責任です。

 対策としては、事前の調査で巨大火成岩が見つかったら、泥沼にはまる前にシールドマシンで掘ることはあきらめて、発破(爆薬)を使った古くからある暴力的な方法に切り替えるよりありません。工期が長くなる上に、地下水や川の枯渇などの環境破壊を招きやすくなりますが仕方ありません。
 繰り返しになりますが、何より厄介なのは強固な岩体があるかないかが、この地域ではほとんどわからないことです。なにしろ大きな建物や鉄道はおろか、まともな道路もないところですから、地質データの蓄積が無く、何が出てくるのかは掘ってみてのお楽しみです。「地下工事なんてこんなもんだ」と言ってしまえばそれまでですが、費用・工期とも概略の推定すらできません。
 推進派の政治家や役人は、なんで事前にプロジェクトの予算を計算できるのか、少なくとも理系の発想では理解しがたいところです。

ゴジラも逃げ出す大量残土 

北陸新幹線の延伸で小浜から京都まで40kmほどの山岳トンネルを掘ると、5トンダンプ160万台分の残土が出ます。ゴジラ400匹分です。自分の体重の400倍の土砂を運べと言われたら、ゴジラだって嫌だと思います。前回お話しましたように、トンネルからの運搬も一苦労ですが、あかり区間か立坑などを使って、なんとか中間拠点の外まで残土を運び出せたとしましょう。
 さて、これをどうしますか。2年前に熱海で、28人の犠牲者を出した人災土石流の引き金になったとされる盛り土の40~50倍の量です。残土引き受けの迷惑料をtあたり1万円としても、800億円が吹き飛びます。国内での陸上処理、特に丹波高原国定公園内での処理は問題外です。
 そのため、まだしも現実的なのは海洋投棄でから、とりあえず船に積むとこまで考えましょう。美山の中間拠点(あかり区間か立坑かしありませんが)から、小浜付近の最寄りの港まで往復で2時間はかかりそうです。
 労働法上、一人でダンプを運転ができるのは一日9時間までですから、一日で運べるのは4.5回程度です。160万台分のうち少なくとも半分は美山付近の中間拠点から運び出すようになりそうなので、それを15年で運ぼうとすると、365日24時間休みなしと仮定しても一日に144回になります。
 台風・豪雪・凍結などで走れないこともしばしばあるでしょうから、工期15年を絶対に守るなら一日に160回ぐらいは走りたいところです。これを、4.5で割って36人。我が国は奴隷制の導入が遅れていますから、休日は省略できません。アクシデントにも備えるとなると、50人ほどの運転手の確保が必要になるでしょう。そんな組織を15年も回すのですから、ちょっとした運送会社の立ち上げです。社会保険などを含めると一人あたりの年間係費は1000万円程度、50人でも15年とすると75億円。
 次にガソリン代。最寄りの港である小浜まで片道40km。山道ということを考えれば、燃費はせいぜい5km/Lぐらいでしょう。往復で16L。80万回出動すると、1280万L。軽油が1Lあたり150円としても、19億円以上。ダンプの整備費、減価償却、車検、自賠責、重量税なんかを考えれば、人件費と合わせて、土を海岸まで運ぶだけで、中間地点から運ぶ分だけで100億ぐらい軽く行くでしょう。京都側、小浜側を合わせれば200億が最低ラインでしょう。
 だいたい、都市部でもバスの乗務員が集まらないのですから、長い拘束時間と山深い場所を考えたら、運転手の大量確保は事実上不可能でしょう。結局、自動運転技術が実用レベルになり、かつ認可されるのを待つしかありません。それならいっそのこと、5トン積みダンプなどとケチなことを言わず、数10t積める特殊車両を作ってしまいましょう。さらに、広くて頑丈な専用道を小浜まで一直線で作りましょう。もっとも、それが可能なら、はじめからその道に新幹線を走らせた方が良いですよね。

 残土をなんとか港まで運んだとしても、もちろん海洋投棄はそう簡単ではありません。どうやら土砂にはヒ素が含まれている可能性が高いからです。かなりの沖合まで運ぶしかないでしょう。漁業権やら近隣諸国との問題なんかも出てきそうですが、本稿もそこまで付き合い切れませんから無視します。
 さて、このトンネルから出てくる残土。なぜヒ素が含まれている可能性が高いのか、また、掘ってもいないうちから、なぜそんなことが分かるのでしょうか。次回とその次で、丹波山地の地質の解説を簡単にしながら、あまり報道されていないリスクや環境問題などを解説していくことにします。

 

 今回から5回に分けて、第Ⅲ区(京都府北部の丹波山地)の長大トンネルの問題を解説します。今回と次回はコースの技術的難しさを地形の面から、3回目は一番の難物である残土処理について、ラスト2回はトンネル掘削自体のリスクや環境への悪影響を、それぞれ解説する予定です。

 これまで北陸新幹線の敦賀以南の延伸について、新大阪から京都市街地までの区間(第Ⅰ区、第Ⅱ区)の問題を見てきました。第Ⅰ区の新大阪・京都間は、ここに新幹線を作る理由自体がわかりません。第Ⅱ区の京都市街地での水問題は、よく言われる井戸水の枯渇やトンネルの水没リスクが大きすぎたのでしょう。市街地の地下を通るルートは断念され、比叡山や団文字山の下へ迂回することになりました。膨大な工事費の追加になります。走行時間も余計にかかることになり、現行のサンダーバードとの差がさらに縮まることになりそうです。

 難所中の難所

 けれども、そんな議論するのがアホらしくなるほどの難所があります。長大トンネルが連続する第Ⅲ区の丹波山地です。地形図や航空写真をみてみましょう。ものすごいところです。由良川沿いを除けば、集落どころか道らしい道もほとんどありません。
 平安時代ぐらいから京都と日本海との間は盛んに行き来がありました。けれども、百人一首にも歌われた大江山経由(ほぼ今の山陰本線)のルートや、鯖街道と呼ばれる琵琶湖沿(一部はほぼ今の湖西線)のルートなどが使われ、丹波山地を横切るのは避けられていました。あまりにも山深いからです。北陸新幹線は、なんでわざわざ、こんな山岳コースを選んだのでしょうか。

 目指せ世界一、国定公園ブチ抜くぞ

 ここでクイズをひとつ。「山脈」と「山地」はどうちがうのでしょうか。また、西日本に多いのは、このうちどちらでしょうか。
 山脈とは一本の大地のシワです。同じような高さの尾根が直線状に、時には何十kmもまっすぐに続くのが山脈です。日高・奥羽・飛騨・木曽・赤石......大規模な山脈は全て中部地方より東にあります。参勤交代の時代から、大きな街道は谷筋沿いに山脈と平行に作られていました。時代が下り、鉄道(特に高速鉄道)は曲線になると大きく速度が落ちるので、トンネルや鉄橋なども使い、さらにまっすぐ走るようになりました。東北新幹線や上越新幹線はみごとな直線コースになっています。
 一方、紀伊・中国・四国・筑紫・九州......西日本には山地ばかりで大きな山脈はありません。山地とは、簡単に言えば古い山脈が断層やら風化やらでグダグダになったものです。ですから、西日本にはあまり高い山はありません。近畿以西で最も高いのは四国山地にある石鎚山(1,982m)で、2000m以上の山さえありません。今回、問題になっている京都も、千葉・沖縄に次いで全国3番目に高い山の無い都道府県ですが、なめてもらっては困ります。
 断層や風化などのせいで峰や谷は直線状にならず、中低山の間をぬって川が網の目のように流れるというのが、西日本の山地のパターンです。道路や線路は、川と一緒に曲がりくねります。典型は、京都と日本海側を結ぶ山陰本線で、新緑や紅葉を楽しむにはとてもよいのですが、およそスピードは出ません。
 そこで今回の延伸では、1本の長大トンネルで一気に丹波山地の下を抜けてしまい、ついでに京都市街では、大深度地下にして用地買収も省略しようというプランになりました。

 京都-小浜間の直線距離は約40kmですが、滋賀県を避けるために大きく西に迂回して丹波高地(山地)に突っ込み、公表されているコースは50km近くにもなります。そのうち最低でも40kmがトンネルで、もしかしたら、小浜付近を除いて全線が地下を走るのかもしれません。
 京都側の第Ⅱ区も市街地を避けたために山岳トンネルになりそうで、Ⅱ区とⅢ区の全てをトンネルにしてつなぐと、青函トンネル(54km)超えの日本一、あるいは世界一(58km)まで狙えます。費用をケチっている場合ではありません......いや、ケチりようがありません。

 山岳トンネルの3つのパターン

 まずは、図1をご覧ください。長いトンネルの工事で、入り口と出口の両端だけから掘削するのは効率が悪く工期は長くなります。このため、どこか途中で線路が地上に出る区間(あかり区間)を作る【仮に「あかり方式」と呼びましょう】などして、1つのトンネルを多くの工区に分けて効率を上げるのが普通です。
 ただし、海底トンネルなどで途中部分からアクセスできないときは、素直に両端だけから掘る【「直結方式」と呼びましょう】しかありません。ちなみに、青函トンネルは24年かかりました。よほどの必要性・公共性が無い限り、こんな工法は選ばれません。

ではこの3つの方式を比較してみましょう。

「あかり方式」
 メリット
  工区を分割できるので、工期が短くなる。
  立坑がいらないので、残土の搬出がしやすい。

 デメリット
  膨大な用地買収が発生する。
  工事中も完成後も環境負荷が大きい。
  あかり区間に暴風・防雪対策が必要。
  線路に大きな勾配ができ、速度を出しにくい。

「立坑方式」
 メリット
  工区を分割できるので、工期が短くなる。
  用地買収が少ない。
  トンネル内を平坦にできる。
  完成後は環境負荷が小さい。

 デメリット
  立坑や斜坑の分まで、さらにトンネル工事が必要になる。
  雨水や地下水が立坑から流入する恐れがある。
  残土の運び出しが難しい
  完成後は立坑も取り付け道路も、ほとんど無駄になる。

「直結方式」
 メリット
  大深度を利用するので用地買収がほとんどいらない。
  環境負荷が極めて小さい。
  トンネル内を平坦にできる。

 デメリット
  工区を分割できず工期が長くなる。
  事前データが少なく、難工事になりやすい。

 直結方式以外は、丹波山地のどこかに中間拠点(仮にそう呼びましょう)を儲けて、そこから大量の工事残土をダンプカーで運び出すことになり、京都府北部の住民にとっては迷惑極まりありません。間違いなく反対運動が本格化・泥沼化しますから、立坑などの用地買収も難しくなり着工が遅れるでしょう。また、そこから幹線道路(恐らく国道161号)まで何kmも、ダンプカーが走れる規格の作業道を新設する必要があり、ここでもまた用地買収の問題が発生します。
 つまり何をやっても、天文学的な経費と長い準備期間や工事期間が必要になることが分かります。少なくとも着工後15年で完成というのは、見え透いた夢物語でしょう。次回は、各方式の利点と欠点を比較しすることで、いずれの方式でも問題が解決しないということをお話しましょう。

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 一長十短四苦八苦【北陸新幹線 その8】

 北陸新幹線で京丹波地区にトンネルを掘ると何がおこるのか。確実なのは環境の悪化ですが、どこで何がどれぐらい起こるのかは、具体的には雲を掴むような話です。
 そこで、まずトンネル工事で出てくる残土の分量を概算してみましょう。トンネルの長さが40kmで、直径10mの円だとします。実際こんなに無駄なくキレイに掘れるものではありませんが、最低限の量だと思ってください。

40000×5×5×π = 3140000 立方m

 残土の比重を2.5として、約800万t。5t積みのダンプで160万回。往復ですから最低での320万回、どこかのトンネル入り口と処分場(あればの話ですが)との間を大型ダンプが走ることになります。

 さすがに無理な直結方式

 図1を見ていただければ分かると思いますが、残土を運び出せるのは、直結方式なら京都側と小浜側の2カ所だけで、それぞれダンプが160万回通れる強度の道路が必要になります。
 15年かけて掘るのなら、

160万 ÷(15×365×24)= 12   (=6往復)

 つまり、365日24時間休み無く、5分間に1回ダンプが走るということです。実際には積み込みなどに時間がかかり、時間効率はかなり悪いはずですから、ダンプの走る頻度は1時間に数台程度でしょう。
 直結方式なら工期は20~30年はかかりそうで、15年というノルマとはだいぶ開きがあります。それに、少なくとも京都駅側の市街地に関しては、一日中、頻繁にダンプが走るというのは現実的ではありません。
 実のところ、直結方式などだれも考えてもいないでしょうが、あかり区間や立坑の必要性を示すため、あえて計算してみました。

 あかり方式、お呼びじゃない

 では次に、あかり方式はどうか。上で説明したように、丹波山地には直線的に続く谷筋が、ほとんどありませんから、地上を走れば小トンネルと鉄橋の連続になり費用が増大します。用地買収・環境問題・積雪......苦労して地上まで上がってきても、「お呼びじゃない」ので、長居は無用。さっさと地下に戻りましょう。
 つまり、京都駅を出た後、20~30kmの上りがあり、一瞬地上に出ただけで、今度は小浜まで下りが続きます。これに急カーブが加わるのですから、高速鉄道というよりジェットコースターです。考えてみればバカバカしい話で、工事を容易にするためだけに、完成後は何のメリットも無いのに、トンネル内に急勾配の上昇下降区間ができます。
 自民党筋から唐突に「京都府北部に新駅」を作ろうという話が出てきたのは、あかり方式にせめてものメリットを見いだす構想のようでしたが、提案の段階で地域の顰蹙を買っています。こんなところに、高い特急券が必要な列車しか停まらない駅を作っても、地元には迷惑なだけですから。

 経費爆食い立坑方式

 あかり区間がダメとなると、立坑を複数作って工事負担を分散するよりありません。実際、大文字山付近で立坑をつくるためのボーリング調査が行われているようです。
 もうすこし計算してみましょう。立坑をもう1カ所作って、一カ所あたりの残土運び出し量が全体の3分の1になっても、1カ所あたり毎時10tの残土を、中間拠点から運び出す必要があります。
 中間拠点から真上の地上まで、浅いところでも約200m、小ぶりなタワマンぐらいです。エレベーターで運ぶしかなさそうですが、高速エレベーターは秒速1mで昇降しますから、往復で400秒。これに積み下ろしの時間を含めたら1往復に10分程度はかかりますから、一時間に6往復が限界です。
 エレベーターが1回に運べる土砂はせいぜい0.5t程度(土砂を入れる容器の重量は含まない)でしょうから、1時間に20回運ぶ必要がでてきますから、20÷6で、4台必要になります。メンテやら故障やらを考えたら最低5~6台は欲しいところです。巨大な立坑を掘ってエレベーターが安全に使える程度の基礎工事をして......これだけでも数年はかかりそうです。
 もちろん、立坑から国道162号線まで、数kmの専用道路も作らなければなりません。国定公園のどまん中に、土砂を満載した大型ダンプが一日何十台も、15年以上走っても耐えられる道をどうやってつくるのでしょうか。地質調査、設計、環境アセス、用地買収......これらを反対派包囲網の中で完遂しなければなりません。トンネル掘りの準備の段階ですでに、費用・工期ともとてつもない事になりそうです。その上、工事が終われば立坑や取り付け道路もエレベーターも無用の長物。虚しい限りです。

 具体化することの恐怖

 直結方式、あかり方式、立坑方式......どれも一長十短、ひとつ問題を解決すると別の大問題が次々発生します。どの方式を選択するのか、あるいはどう組み合わせるのかは公表されてきませんでした。けれども、詳細なコースを発表するとなると、いくらなんでも「黙秘」は不可能ですから、あかり区間やら立坑の位置ぐらいは、渋々発表するでしょう。
 けれども用地買収交渉前にこれをやれば、地権者は態度を硬化させるかねません。たとえ、もともとは値段次第で売る気のあった地主さんでも、いきなり「お前の家を壊して立坑にする」と言われればカチンと来ます。また、地元在住者や専門家の指摘で、技術的な問題点がボロボロ出てくるはずです。逆に、詳細ルート公表前に地権者などに根回しをすると、インサイダー取引じみた事になります。
 いずれにせよ、計画が具体化すると言うことは、困難さや生臭さも具体化することになります。特に、工事費用については恐ろしい数字が表れ、明らかに着工5条件の達成はますます遠のくことになるでしょう。
 次回は、地域にとって最大の問題と言われている残土の、「最終処分地」への運搬と実際の処理について検討してみることにしましょう。地下トンネルのリスクは、掘ってみないと分からないものが多いのですが、この残土の処理だけは確実に発生します

 敦賀延伸以来、話題になることの少なかった北陸新幹線ですが、6月後半になって、来年度予算の概算請求に向けて有利な既成事実をつくろうという動きが活発になってきました。この先の延伸コースを「敦賀から琵琶湖の北を米原に抜ける米原ルート」か、「京都府をトンネルで南北にブチ抜く小浜ルート」かの論争が再燃しはじめました。どうやら、決定したはずの小浜ルートでの開通は不可能だということが、少しずつ明らかになってきているからのようです。理由の数々は、【北陸新幹線】という目印のついた6本の過去記事を読んでください。

 小浜にこだわる懲りない面々

 本気で北陸新幹線の関西方面への延伸を考えている側は、「米原ルート」を蘇らそうと躍起でゾンビが息を吹き返しつつあります。小浜ルートを着工してしまったら、半永久的に延伸は完成しないからです。
 彼らは極めて真面目です。主に、石川県内の首長(県知事は別)や地方議員などの北陸北部の政治家、そして最近加わった維新系の関西の論者など、その言い分はシンプルです。「延伸はできる方法でやろう」

 一方、小浜論者はその思惑によって4つのグループに分けられます。まず、小浜の不可能性がわかっていないか、どうでもいいと考えているとしか思えない面々です。
 代表例は、福井県選出・稲田朋美衆院議員。「小浜・京都・大阪へとつなげていく。ここにいるみなさんが心をひとつにするということがとてもとても重要。小浜ルート一択」などと吠えておられまます。「北陸新幹線小浜・京都ルート建設促進同盟会の総会と決起集会」での発言ですから、もともと「みなさん」の「心はひとつ」で「小浜ルート一択」に決まっています。技術的な困難さについて何もわかっていないのか、全くどうでもいいと思っているのかは、私には判定できません。

 二番目に、選挙基盤などのせいで「小浜断念」を言い出しにくいグループです。福井県内でよく見られる主張ですが、義理と議席を守るために現実不可能なことを言っていると見なされても仕方のない、一種のポジショントークです。
 杉本達治福井県知事は、「(小浜ルートは)乗り換えがない。お金が安い。時間が短い。日本の将来のために必要不可欠なルートとして小浜京都ルートがある」言うに事欠いてなのかも知れませんが、よくもこれだけ無茶を叫ぶものです。簡単に反論しておきましょう。

 「乗り換えがない」......小浜ルートでも大深度地下ホームで「たちの悪い」乗り換えが残りますhttp://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/03/29_0826.html【北陸新幹線 その3】参照)。終着点を大阪では無く不便な新大阪にしてしまった時点で、乗り換えは北陸新幹線の宿命になってしまいました。

 「お金が安い」......地球一周の「南米ルート」と比べての話ですか。
 「時間が短い」......敦賀・京都間を33分短縮することに、どれだけの意味があるのでしょうか。http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/06/12_2141.html京都市街地での迂回やら、http://nagaya.tatsuru.com/murayama/2024/03/29_0826.html大深度ホームとの乗り換えにかかる時間を考えたら、過去のサンダーバードと比較してわずか10分程度の短縮になるのがせいぜいのところでしょう。
 なんでこれが「日本の将来のために必要不可欠」なのか、全く分かりません。

 三番目は、とにかく延伸自体を潰してしまいたいグループです。小浜ルートは着工しても、いずれ自動的に座礁するからです。三日月知事をはじめとする滋賀県民にとっては、実現可能な「米原ルート」が復活するのは悪夢です。ゾンビの心臓には早めに杭を打ってしまいたいところです。

 最後の四番目は、工事を長引かせてより長い間利権にありつけるという連中です。たいていは、「もう決まったことだからゴチャゴチャ言うな」という論陣を張ります。真面目に議論をするのはまずいことが分かっているのでしょう。
 京都府選出・西田昌司参院議員はやはりその総決起集会で「米原ルートなる名前が頻繁に報道されているが、与党PTですでに手続き的には小浜・京都・大阪で決まっている。それを蒸し返す話は断じてありえない」。状況が変わったり新たな事実がでてきても、原理原則は守るというのも一つの見識ですが、それなら「憲法改正」なんて論外ということになりますよね。
 そもそも小浜ルートは本当に「決まった」ことなんでしょうか。与党・政府のPT(ピンボケ提言......じゃなくてプロジェクトチーム)なんてただの任意団体でしょ。「法的拘束力はない」という維新の議論も、彼らにしては珍しく正論です。

 一方、小浜派の既成事実原理主義者たちは、「着工さえできれば完成する必要はない」というのが本音のようです。実際、来年度後半に着工して、奇跡的に順調に進んでも、完成は2040年ごろ。おそらく実際には、遅延に遅延を重ねたあげく静かに消滅するでしょう。

 丹波は吸血鬼の住処

 永遠に完成しないのでバルセロナのサグラダファミリアにたとえられることがありますが、あちらさんは未完成でも礼拝堂や観光施設として立派に機能しています。一方、何の生産性もない破壊と消耗の続くこのトンネル工事は、北近畿のインパールでの、タンバール作戦とでも呼ぶべきでしょう。
 納税者にとっては吸血鬼みたいなものですが、工事が続く限り利益が発生する立場からみると、下手に順調に完成してしまうより、よほど美味しい生き血がすえます。もちろん手抜きもやりたい放題。いずれ廃墟になるのですから、工事中の自分たちの安全さえ確保できれば、無茶な設計やいい加減な施工もOKです。

 官僚さんたちも、今の財政状況では吸血鬼やゾンビに付き合う余裕はありませから、こんなものを出してきました。https://news.yahoo.co.jp/articles/37f0700a7ebe344d44a3cd15fe5db30c71582299国土交通省鉄道局は2024年6月19日、未着工となっている北陸新幹線の敦賀~新大阪間について、「米原ルート」に関する見解を明らかにしました。技術的な問題を挙げていますが、どれも小浜ルートが抱える大問題の数々と比べたら些細な話です。リニア開通後には、東海道新幹線の並行在来線化をはじめ、事情が大きく変わってくることも無視しています。
 そして、この意見書の最大の問題点は、米原ルートというものがあることを暗に認めてしまっている点です。少なくとも無視し得ない提案だと認識しているわけです。要は、どちらのルートも勝ち組にしたくないのです。着工すれば、無意味で面倒な仕事が大量に降って来ます。ここが民間とは違うところで、ますます話は混乱します。

 ラスボスはトロイの木馬

 そういえば、さっき小浜派の「総決起集会」。実は変な決議を上げています。「駅位置や詳細ルートの公表」「国費の大幅増加による財源確保など着工5条件の早期解決」「2025年度の認可着工、一日も早い全線開業実現」、「JR小浜線が並行在来線でないことの確認」の4項目が主眼らしいのですが、結果的に小浜ルートの無理や矛盾を表面化する話ばかりです。
 「駅位置や詳細ルートの公表」......反対運動に燃料を投入する気なのでしょうか、駅や立坑の予定地などで一坪運動でもされたら、それだけで着工は大幅に遅れます。だいたい、まともな地質調査もせずに詳細なコースを決めようというのですから、無責任極まりない話で、施工させられる現場はたまったものではありません。
 「国費の大幅増加による財源確保など着工5条件の早期解決」いくら国費をぶち込んでも、これは土台無理な話です。「安定的な財源見通しの確保」、「収支採算性」、「投資効果」、「営業主体であるJRの同意」、「並行在来線の経営分離についての沿線自治体の同意」というのが5条件ですが、一時的に大金を投入しても、「将来にの採算性」と「投資効果」の改善は期待出来ません。おまけに、湖西線や北陸本線の経営分離など滋賀県が同意するはずがありあません。
 それどころか法的根拠のはっきりしない「5条件」という言葉をわざわざ持ち出してしまうと、「現状では着工できないこと」をアピールしていることになります。もし本当に前進したいのなら、「5条件に拘らない柔軟な政治判断を求める」とでもすべきでした。
 馬脚の出た議論のあげく「今年度中に認可着工するぞぉ~」と吠えても、虚しいスローガンにしかなりません。「JR小浜線が並行在来線でないことの確認」というのも同じ意味でマヌケな話で、「並行在来線」という言葉を出してしまうと、湖西線や北陸本線どころか、他の整備新幹線との比較の話にまでなり、JR西日本が身動きできなくなります。
 小浜原理主義者のラスボスである京都府選出の西田参院議員は、新大阪延伸の早期実現を叫びながら、復活しつつある「米原ルート」を潰すと同時に、「小浜ルート」をわざと頓挫させようとしか思えません。もしかしたら、京都の反対派が放ったトロイの木馬なのではないでしょうか。

 プロジェクトX時代の象徴、東海道新幹線の建設。困難には技術と根性で打ち勝つことが当たり前でした。上り坂の日本には十分な資金や時間......そして何よりも国民の熱い思いがありました。けれども、令和の整備新幹線。国にも地方にもお金はありません。おまけに、大部分の国民の冷たい視線。プロジェクト×(プロジェクトぺけ)の時代なのです。

 いけずな京都の冷たい視線

 これまで北陸新幹線の技術的困難のお話を延々としてきました。けれども、こうした問題も、もしお金をジャブジャブつぎ込めるなら何とでもなるでしょう。でも、はっきり言います「そんなお金はどこにもありません」。
 特に、走行区間が一番長い京都市は、只でさえ高齢化の上に産業の空洞化で市税が集まらず、財政再建団体転落に王手をかけた状態です。高額な工事費の地元負担を求められたら、笑ってごまかすか泣いてあやまるかの難しい判断を迫られるでしょう。
 市債を発行して国に買い上げてもらい、ボチボチ返すというような姑息な手口もありますが、市の未来を安値でJRに売り渡すような政策を、いけず日本一の市民が許すとは思えません。北陸新幹線は京都のビジネスには何のメリットもないことが、すでにバレているからです。

 京阪神の産業で北陸との関係が深いのは、加賀友禅などの伝統工業か鯖江のメガネなどの精密工芸品です。もともと経済規模は小さく、消費地としての京阪神の劣化を考えれば、経済的には将来性があるとはとても思えません。新幹線ができて京都までの乗車時間が1時間ほど短くなったとしても、大した経済効果は発生しません。むしろ並行在来線問題の影響で貨物料金が値上げになったら、かえって打撃になります。

 では、大学関係のビジネスはどうか。確かに、京都は日本有数の大学都市で北陸三県からも多くの学生さんを多数受け入れていることは事実です。けれども、京大・同志社・立命館など、京都市内の大型大学はほとんどが市北部にあり、大深度地下の京都駅ホームから最低30分はかかりそうです。たとえば、金沢の場合、バカ高い新幹線定期券を買って自宅から片道2時間以上かけて通学したい学生が、どの程度いるかということです。
 毎日毎日列車に揺られて「トンネル通学」するよりは、都会で一人暮らしをしたいというのが、平均的な大学生のメンタリティー。当たり前といえば当たり前の話です。
 もとより新幹線通学ができるようになっても、学生数が急増する訳ではありません。実際、北陸新幹線の東京・金沢開通前後を比較しても、富山県・石川県から首都圏への大学進学者数が目に見えて増えたわけではありません。もちろん、少子化の影響も言うまでもありません。

 最も重要に見える観光需要。「北陸と京都、観光地どうし。近くなればWin-Win」などという脳天気な話もありますが、実際はそう簡単ではありません。京都の観光はコロナ後の需要回復で容量一杯になりつつあり、いわゆるオーバーツーリズムの状態に近づいています。中華人民共和国からの個人旅行が本格化する前ですらこれですから、今後、観光客がさらに溢れかえるのは目に見えています。
 その上に北陸新幹線が客数を増やすことの利害は微妙です。京都市が求めているのは、観光の量ではなく質だからです。ただ念のために言いますが、「北陸・信越や北関東の観光客は質が悪い」と言いたいわけではありません。

 「俗地巡礼」の傾向と対策

 少し解説をしましょう。京都の観光客はどのような形でお金が落とすのでしょうか。
 京都の観光名所の最大の特徴は入場料が安いことでしょう。それどころか無料のところも多数あります。神社仏閣はもともと宗教施設なのですから、当然といえば当然です。
 ここで問題を出します。次のコースを回ったときの入場料(拝観料など)は合計いくらでしょうか。

伏見稲荷(赤鳥居) → 清水寺 → 平安神宮 → 金閣寺 → 嵐山(竹林の道)

 「栄えスポット」を網羅したような王道、「俗地巡礼コース」とでも呼びましょうか。気になるお値段の方は、拝観料は清水寺と金閣寺で合計900円。市バス地下鉄の一日乗車券(1100円)を使えば2000円で、丸一日楽しめます。
 このうち、拝観料は税法上「宗教団体への寄付」なので、無税で国にも京都府市にも1円も行きません。一日乗車券のうち100円は消費税です。京都市交通局に行くのは1000円。これで、10回以上も市バスに乗られたら、燃料費・人件費などを考えればどう計算しても京都市は赤字です。
 この「俗地巡礼」の皆様が、弁当水筒持参で土産物も買わずに日帰りしたら、経済的には京都に何のメリットもありません。結局、飲食や宿泊、土産物のお金で京都の観光ビジネスは回っているのです。

 北陸新幹線が出来ると、多くの地域から日帰りでの京都観光が可能になります。宿泊地も芦原温泉や金沢などに流れることがあり(「俗地巡礼と温泉三昧の旅」とか)、京都での飲食や宿泊はむしろ減少しかねません。京都観光がどんどんカジュアル化してしまうと、混雑のわりにお金が落ちなくなりビジネス的にはマイナスなのです。オーバーツーリズムで、ゆっくり滞在してくれる本当の京都好きの足が遠のくとなると、関係者にとっては死活問題です。観光客数が増えると京都は潤うというような、単純な話ではありません。

 結局、京都市民にとっての北陸新幹線延伸の経済的メリットはほぼありません。少なくとも、只でさえ懐が寂しい行政が多額の公的資金をつぎ込む価値は無さそうです。

 確実で巨大なデメリット

 一方、負担の方は確実にあります。JR大本営の発表でも2.1兆円かかり、その何分の1かが自治体に回ってくることなると、走行距離が長い京都市の負担はどんなに少なく見積もっても1000億円。令和5年度の歳出の一割を超えていて、簡単に負担できる額ではありません。北陸新幹線延伸の経済面での最大の問題はこれです。

 そこへ、前回、解説をした水問題。もうひとつ、トンネル工事で出る残土の搬出問題も深刻です。仮に、最後の捨て場は全て北陸三県が引き受けてくれるとしても、どうやってそこまで運ぶのでしょうか。市街地の立坑や京都駅から搬出するとなると、ただでさえ狭い京都の道路を10年以上にわたって、大型ダンプが走り回ることなります。渋滞による経済損失もばかになりません。そしてホコリや騒音、交通事故、土に含まれる天然のヒ素......勘弁してください。

 京都市民にしてみれば、建設費を一部負担するどころか、適正な迷惑料をJR西日本と北陸三県に請求したいぐらいでしょう。京都府市の議会には、自民や維新などのイケイケ派を含めても、熱心な建設推進派はいないように見えます。いまのところ着工の可能性が見えないので、北陸さんの顔を立てて「即時建設」などとやっていますが、本当に話がすすんできたら何のかんのと理由をつけて抵抗すると思います。滋賀県民がやったことを、より洗練された陰険さで再現しているのが京都府民なのです。

 こんばんわ。村山恭平です。
 京都市内での渇水問題は北陸新幹線の大阪延伸計画の最大の障害とされています。岐阜瑞浪でのリニアが引き起こした井戸やため池の枯渇は、この問題をさらにクローズアップしたように見えます。

地下水に依存する京都

 よく言われるように、京都の文化や産業には水質に依存するものが多数あります。茶道、華道に始まり、日本庭園、友禅染、西陣織、京野菜、豆腐・湯葉などの大豆製品、京料理、和菓子など、中には市内での生産が衰えてしまったものや、水道水で代用できるものもありますが、京都盆地にだけ湧く軟水が必須のものも多数あります。また、銭湯や街路樹など単に安価で良質の地下水を必要とするものもあります。湧き水や井戸が全部枯れてしまったら、京都という街の魅力が大きくそがれることは間違いありません。
 もうひとつ、関東での大深度トンネル工事で報告されている地面の陥没も深刻です。寺院など大規模な木造建築は、一本の柱が数10cm沈めば、建物全体が崩壊することさえありえます。文化財だらけの京都は、大深度地下の工事をする技術者にとっては、地雷原のようなものです。
 当初、この二つの危惧は過小評価され、北山から堀川通を通って京都駅に抜ける図1のルートⅠのようなコースなら大丈夫だろうなどと巷間言われていました。確かに二条城の池が干上がるかもしれません。でも「大丈夫」です......京都には枯山水の技法があります。西本願寺の御影堂(国宝)が一瞬で瓦礫に山になるかもしれません。でも「大丈夫」です......御影堂は東本願寺にもあります。
 どちらも建設する側から見れば他人事です。「因果関係は立証されていない」と言って逃げてもいいですし、「公共性のためのやむを得ない犠牲だ」と開き直ってもいいでしょう。けれども、地下トンネルを建設するものにとって、水問題の本当の怖さは水没にあります。

 水没は永遠の懸念

 京都というのは不思議な街で、鴨川以外に大きな川がないのに、10万以上の人口を1000年、養えてきました。地下水が豊富だったからです。市の中心部では、ほとんどの場所で5mも掘れば井戸が出来ると言われています。私が子供時代に過ごした郊外の北白川周辺でも、川もため池もない場所に水田が広がっていました。潤沢な湧き水があったからなのでしょう。
  岐阜瑞浪の事例で、トンネルへの漏水量は少なめの数字でも毎秒20リットル、一日約150トン以上、すなわち小学校のプール30杯分以上です。もともと水の便が悪いのでため池をたくさん作った岐阜瑞浪でさえこれですから、京都市街ではその10倍になっても不思議はないでしょう。ただし、こればかりは掘ってみなければわかりません。でも、掘ってしまってからでは手遅れかもしれません。排水設備が止まると、工事中でも開通後でも漏水が始まって数時間でトンネルが水没しかねません。
 あまり知られていないことですが、京都の町は北から南にゆるやかに傾斜していて、山岳トンネルの出口から京都駅まで60m程度の落差があります。大深度の分も計算に入れたら100m以上にもなります。
 だから、市内の区間でトンネルに集まった水は全て京都駅に向かって流れ下って行きます。真横に排水用のトンネルを別に作れば、京都駅が水没するということはありません。けれども、大深度地下に集まった水は最終的にはポンプを使って汲み上げるより仕方ありません。列車が走ってようが走ってまいが、このポンプは24時間365日止められません。
 地下水はどんな銘水でもトンネルに吹き出した瞬間に汚水になります。ポンプで汲み上げたはいいけど、どこに捨てるのでしょう。沿線に大きな川は鴨川しかありませんが、ここを汚すことを京都人が許すとは思えません。結局、桂川か淀川まで運んでいって捨てることになるのでしょうが、膨大な電力が消費されます。
 また、地震などで水脈が変わり、想定外の出水があれば全てアウトです。この懸念は、大深度の路線を廃止するまで続きます

 ラスボスは我がふるさとの御影石

 実は、これらの水問題はある意味では解決済みなのです。JR西自体が京都の市街地は通らないことを宣言しています。ボーリング調査の実施状況などで考えれば、どうやらJRは京都市街地中心部をほぼ諦めて、図1のルートⅡのような、急なヘアピンコースを考えているようです。水問題を処理することは不可能と見て不戦敗を選んだということです。
 しかし、その結果どうなったか。まずコースが大きく U字型に曲がりました。北山のトンネルから出た列車は大きく右に曲がって大文字山の下を通って、清水寺の下あたりでさらに右に曲がって京都駅に向かう。京都行きでも京都発でも、この部分だけでも10分ぐらいかかりそうです。これでは小浜-京都間の17分、敦賀-京都間が33分というのはかなり難しそうです。

 地元では子供でさえ知っている話ですが、大文字山というのは水晶の産地です。と言っても、最大で小指の頭ぐらいしか見つからないのですから、本格的なマニアはやってきません。なんでこんなことを知っているかと言えば、私の実家の近くで、この山で少年時代知ったの石探しの面白さが、後に地球科学を専門にすることの最初のきっかけだったからです。
 お子様サイズとは言えコレクションに使えるぐらいの大きさの結晶が出るということは、この山の花崗岩の岩体はかなり大きいと言うことです。京大が近いこともあって、この花崗岩体はよく研究されていて、大雑把に言うと大文字山と比叡山の京都側の半分は花崗岩の巨石の集合のようなものです。
 花崗岩とは御影石の俗称で知られた白っぽい火成岩(マグマからできた石)で、墓石や建築に使われるぐらい堅く、掘削が難しい岩体の一つです。これまでの難工事の例は山陽新幹線の六甲トンネルがありますが、今回は大深度という悪条件がさらに加わります。やってみなければ分からないとは言え、普通に考えれば「より深く、より堅く、より大きな」巨石を相手にすることになります。どうやら、水問題から逃げて東山の下に迂回したせいで、とんでもない「ラスボス」に出会ってしまったようです。
 この地でボーリングをしているのを知った反対派のひとが、「工事を断念させるための資料を集めているのではないか」と首をひねっていました。確かに、ここの調査が始まったころから、(京都を通らない)米原ルートや大深度地下以外の工法の話が蒸し返しのように出てきたのは偶然なのでしょうか。
 見も蓋もないことを言えば、こんなブランドものの花崗岩の存在を知らずに、ボーリングをはじめてしまうということは、常識的な地質の知識のある技術者が大阪延伸チームにはいないか、いても権力者相手に「ここはダメです」と言える雰囲気では無かったのかも知れません。
 もう一つ言えば、「京都と滋賀の間に南北に伸びる東山は、古来から人の行き来が多く峠が何カ所もあるのに、本格的なトンネルが一本もないというのはなぜか」という当然の問題意識を、大規模な公共事業を立ち上げるような政治家には持って欲しいと思うのは、国民として贅沢な事なのでしょうか。

 こんばんわ。村山恭平です。
 北陸新幹線の大阪延伸の問題に戻ります。メディアなどでは延伸が難しい最大の原因に、「京都市内の渇水問題」があげられるのが普通です。ラスボスとまで言われることもあります。ただし、この問題よりも数段大きな、本物のラスボスは別にいるのですが、その話は京都府北部の山岳トンネルのところでやります。
 というわけで今回は、トンネルと地下水の関係の話をするつもりでしたが、皮肉なことに最適な事例が、タイムリーに出てきてしまいました。

 頑張れ俊介君

 リニア中央新幹線のトンネル工事が続く岐阜県内で、コース周辺のため池や井戸の水が極端に減少したり干上がったりしはじめました。この地域では過去に事例のないことで、他に有力な原因もないことからなのか、JR東海はリニア原因説を認めました。
 普通、こういう場合の「加害者」は「因果関係は不明」などと居直るものですが、JR東海の丹羽俊介社長は、あっさりと責任を認めてしまいました。私にとって、俊介社長は学生時代のアマチュア吹奏楽団の後輩で、あまり深い付き合いはないのですが、ラッパを吹く真面目な美少年という印象でした。名古屋の御実家と現場がわりと近いこともありますが、何はともあれ被害者に寄り添おうとするのは、いかにも彼らしいなと思います。
 けれども、商売柄、地下水というものの恐ろしさを身にしみて知っている「先輩?」としては、「リニアを作るぞ」と言い出したわけでもない「後輩」に、回り合わせのせいで全ての責任が重くのしかかるのは納得できません。なんとか無事に乗り切ってほしいと思います。

天然ピタゴラスイッチ

 少し技術的な話をしましょう。海やプールのような水の水圧は、単純に深さに比例します。水深20mの水圧は水深10mの2倍になります。ところが、地下水となると、いきなり話が複雑になります。周囲の岩盤や土砂が複雑な働きをするからです。
 基本的に、岩盤は地下水に圧力がかかるのを防ぐ働きをします。だから、どんなに地下深いところを通るトンネルでも、中にある水の水圧は、地表の水たまりと同じ1気圧です。
 ところが、天然の地下水層では、周囲の岩盤が上からの圧力を防ぎきれないと、逆に水を押しつぶすような働きをして、高圧の地下水ができます。結局、「そこにどれぐらいの水圧の地下水があるのか」は、掘ってみなければわかりません。そのためトンネルを掘る前には、必ずボーリング調査をします。もちろん、トンネルのコースが地下深くなるほど、水圧の予想、つまり湧水の予想が難しくなります。

 トンネルと高圧の地下水が接触したときに、離れたところの別の地下水に影響がでることもあります。たとえば、図1のような例です。

① 地下水A,Bが上下にある場所で、Aを利用する井戸がある。
② 工事でトンネルが作られたとき、Bの層に穴が空き、水の流出が始まる。
③ Bの水圧が下がり、地盤が沈下し上部の地下水Aに流出する透き間ができる。
④ 地下水Aが、透き間を拡げながら流出し続ける。
⑤ 地下水Aが枯渇する。
⑥ トンネル周辺を固め直しても、地下水Aは元に戻らない。

 もちろんこれは具体的な事例ではなく、トンネル工事の影響が、直接流入したのとは別の地下水に影響を与える例を、シンプルなメカニズムで作ってみたものです。
 今回の岐阜瑞浪の事例で、一番遠い渇水場所はトンネルの先端から1km前後離れています。おそらくですが、多数の地層や地下水が関係する複雑なメカニズムが関係したのでしょう。いわばトンネル工事が「天然のピタゴラスイッチ」を押してしまったわけです。
 今後のトンネル周辺での防水作業によって井戸やため池の水が戻るかどうかは、専門家でも自信がなさそうです。もし仮にトンネルへの湧水が一旦止まっても、工事を再開後して掘り進めば、別のピタゴラスイッチを押してしまい被害が拡大する可能性もあります。もうそうなれば、工事を続けることはまず政治的に不可能でしょう。 

 リニアの工事は当分止まる

 JR東海は大きな課題を背負い込みました。原因究明と復旧に全力をあげるとのことですが、もし復旧しなかったらどうやって補償するのでしょう。もともと水の便の悪いところですから、ため池や井戸にどこから水をどうやって運ぶのか、永遠に経費を出すつもりなのか、......リニア沿線の他の地域の工事でも渇水がおこったら、全てJR東海が補償するのでしょうか。
 瑞浪のケースでこれらのことを解決して、被害者側が一定の納得をしない限り、工事を続けることは難しいでしょう。最悪の場合、他の地域でも次々と同様の事例が見つかれば、リニアの建設計画全体が中止になりかねません。
 もしそうなったら、JR東海は俊介社長ひとりに責任を押しつけて済ませるつもりなのでしょうか。地球科学の立場から言わせてもらえば、一番悪いのは、「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」などという危険な法律を作って、用地買収の費用を出さずに大規模な公共事業をできるようにした官僚です。あるいは、地下水の怖さを知らずにロクに地質調査もせずに、政治家の言うままにコースを引いた無責任な土木技術者たちです。
 「箱根八里はリニアで超すが、超すに超されぬ大井川」の辞世の句(都々逸風?)を残して去って行かれた(?)静岡県の川勝元知事(私の高校の大先輩で、部活も同じです)の主張も、実は正論だったのかもしれません。
 今回の事例がおこるまでは私も、「リニアの本工事どころか、地下水への影響を調べるためのボーリング調査すら拒否するのは、さすがに不合理な嫌がらせではないか」と思っていました。けれども、岐阜瑞浪でこんなことになり、「蟻の一穴」のリスクを考えれば、十分に納得できる主張だったことになります。
少なくとも日本では、大深度地下トンネルによる鉄道建設は、今後は「周辺の地下水や河川水を回復不能の枯渇に追い込む可能性」を覚悟しない限り、できないのではないでしょうか。

 おこらなかった偶然の出会い

 ここから先は私の個人的な妄想です。川勝元知事も丹羽俊介社長も熱心なクラシック音楽ファンで、担当楽器もヴァイオリンにトランペットと花形。ミスをすると曲全体を壊してしまうような難しいパートで、勤勉さと責任感が必須です。お二人は真面目で理論派という点でも、よく似ておられるように思います。
 活動場所も同じ東海地方。もし、リニアの話が出る前にどこかのコンサートの客席でででも知り合っておられたら、随分と大井川問題の展開も変わっていたような気がします。
 もちろん、トップ一人の考えで全てが決まるわけではなく、趣味の世界とビジネスや政治は分けて考えるべきなのでしょう。けれども、リニアの問題は多分に感情的な部分があり、このお二人の間に少しでも個人的な信頼関係があれば、「まあ、あの人の話も聞いてみようか」ということになり、生産的な展開があったかも知れません。二人の有能な理論家が腹を割って話し合っていたら、何かが生まれていたような気がします。
 特に、川勝元知事の水に対する感覚的な危機感を、俊介君が(賛否はともかく)しっかりと理解できていれば、今回の岐阜瑞浪の渇水騒ぎもここまで酷くなる前に何か手を打てていたような気がします。人と人との出会いは、地下水よりも複雑なピタゴラスイッチなのですから。

 パワーアップしてラスボスに

 話は北陸新幹線の延伸工事に戻ります。京都市内での地下水の枯渇は、最大の問題(ラスボス)ではないと書きましたが、もしかしたら今回のリニアの事例は、この「水問題」をラスボスに育ててしまったのかも知れません。「京都盆地内で、大深度地下にトンネルを掘るのは、技術的にも政治的にもとても不可能だ」ということが、改めて具体的に確認されたからです。