2006年04月02日

韓国歯科事情

もう4月ですね。
エイプリルフールの早朝・・・会社の飲み会で5時前に帰宅した夫に起こされ、腹が
立って目が冴えてしまい、そのまま二度寝することができずにネットなどしておりま
す。
(夫はどんなに飲んでも、吐いても、シャワーを浴びてから寝る人間です。音がうる
さいねん!!
きれいになって、今はガーガー、いびきをかきながら寝ています。殺意を感じま
す。)

引越し先での生活にもだいぶ慣れてきました。
ネットのおかげで日本人奥様がたくさん住んでいることも判明、知り合いも増えてい
ます。

しかし、それはそれで、いろいろと面倒なこともあり・・・。
検索エンジンの波に乗って、どこでどうばれてしまうかわかりませんので詳しく書け
ないのが残念ですが(いやあ、ネットって便利やけど、怖いです、ほんま。)、ま
あ、日本で言うところの「ママ友」関係ですね。
もっと気楽でええんちゃうの・・・?と思う私は、既存の雰囲気、規律を乱してしま
う前に、これ以上踏み込まないことに決めましたが、なかなか難しいものです。

ううーむ、おもろいことがいろいろあるんですけどねえ。
書けなくてすみません。


代わりに、あんまりおもろくないけど、夫のことでも。

食事中に歯が欠け、そこが素人目で見ても、かなりひどい虫歯であることがわかるほど、ぽっかりと深い穴があいていて、ずーっと知らんふりをし続けていた夫も、とう
とう観念して治療を始めたのが2週間前。

欠けた歯の治療には50万ウォンほどかかると言われ、それだけでもけっこうへこんでいたのですが、先日の診察で他の歯の状態も非常に悪いことが指摘され、ざざざっと見積もって、今後かかる費用が・・・・な、な、な、なんと!!

553万ウォン!!!

現在のレートでは、約67万円!!

韓国では歯科治療のほとんどに保険がきかへんのやそうです。

夫の場合、治療が必要な歯がたくさんあるのに加え、そのうち一本はもう完全にあかん歯があって、インプラント(差し歯?)いうのをせなあかんと言われました。

それが一本250万ウォン!
(しかしネットで調べると、日本でもそれは同じような値段みたいですが。)

夫は今までけっこう歯で苦労してきたようです。
おばあちゃん子だったし、実家が老人ホームをやっていたこともあり、子どもの頃か
ら実祖母や老人ホームのおばあちゃんたちに口移し同然で食べ物を食べさせてもらったり(最近は虫歯菌が移るからしないですよねー。)、飴ちゃんばっかりもらったりしていて、乳歯の時点ですでにボロボロやったみたい。

さらに、その歯の治療を知り合いの「ヤメ」(日本語から来た言葉。おそらく「闇」
のことでしょう。)、要するに「もぐり」の医者にしてもらっていたというから驚き
です。

話を聞くと壮絶で、その人のお兄さんが歯科医やったから、とかいう理由で(本人関
係あらへんやん!)、自分の家の普通の部屋でヤメ治療をしてた人だったとか。
麻酔も無しで、器具もちゃんとしたのは無く、適当に・・・。
血がダラダラ出たりして、すごく怖かったと言うてました。
でも、おかげで格安で矯正してもろたらしいけど・・・って、そういう問題じゃない
んでは?

あとは軍隊時代にも虫歯治療で苦労して、でもそれも軍隊の病院でやったから、かなり荒っぽいやり方やったみたいですし。

そういった、昔のええ加減な治療後が炎症を起こし、大変な状態になっているという
のです。
なんちゅうこっちゃ!

そんなの、結婚前に治しといて欲しかったわー。
しがないサラリーマンに553万ウォンはもちろんめっちゃ大金!
なんの収入もない私が文句を言える筋合いはないかもしれんけど・・・ある意味、結
婚詐欺かも!!
やられた~!!

・・・と落ち込んでいたら、おととい吉報が!

たまたま久しぶりに連絡を取った後輩、ソウルに住んでると思ってたら、実はうちの
すぐ近所にお兄さんと住んでいて、しかも、そのお兄さんが歯科医やということが発
覚したのです!!

「まけてくれるように言っときますよ~!」
と後輩はええ調子やったらしく、夫も早速調子に乗って、しばらく自粛していた飲酒
を昨日から再開。
(そんなことしてるから、治りも遅いのです。)

今日はその病院に見積りとってもらいに(?)行くそうです。

それにしても、知り合いやからと言うて、病院でまけてもらったりできるん?!と
思ってしまいますが、それができてしまうんですよねー。
私も光州にいたときに、おなかを壊して何度かシデク(夫の実家)隣の小児科
(!!)で診てもらったことがあるのですが、いつも無料。
薬もただでした。
そこでは老人ホームの関係者はみんなただにしてくれるらしいです。

だから、夫の歯科治療も当初の見積りよりは安くなるんではないかと、かなり期待し
ております。


***************

ここからは4月1日の夜に書きました。

夫、後輩のお兄さんのやっている歯科に行ってきました。
丁寧に見てもらって、出された金額は、なんと半額以下の250万ウォン!
いぇーい!

それにしても、あまりの金額の違いにびっくりです。
最高の(額の)治療ではなく、この程度でええやろ、いうくらいの治療にしてもら
う、ということらしいけど、それでもかなりの「お友達料金」にしてくれてるようで
す。

持つべきものはええ後輩やわー。

韓国人のおごり癖というのでしょうか・・・今まで後輩たちには何度となくおごりま
くってきた夫。
これまではさんざん怒り、あきれていた私ですが、ちょっとはええこともあるやん、
と見直しました。
(でもその後輩とはあまりお酒飲みに行ったことはないらしいが。)

250万ウォンも、私らにしてみればもちろん大金なんですけど、553万ウォンのつもり
でおったから、なんだか急に得した気分になり、夫などは、
「よし!ホームベーカリー(←私がずっと欲しがっていた。)買おう!」
と帰って来るなり言うてました。

いや、いや、そういう問題じゃないやろ?と思いつつ、ネットでパン焼き機について
調べまくっている私です。

それでは、今日はこの辺で。

おやすみなさい。

2006年02月25日

なつかしい女学院

韓国リポート・・・というよりは、先日の感想。

韓国で、内田先生、それに現役ピチピチゼミ生のみなさんとお会いできるなんて、本
当に思ってもみないことでした。

先生、7年ちゃいますよー、8年ぶり!
8年ですよー!

ゼミ生がるんちゃんよりも若いなんて!
私たちがおうちにおじゃました時は中学生くらいやったのに・・・。
(先生のお宅で泥酔した私。恥ずかしい思い出です。)

しかし、8年ぶりにお会いした先生は、全く変わられておらず、お話していて、「あ
あ、そうそう。こんな感じやったよなー。」、と論文指導の時のこと、ゼミの授業の
ことなど、女学院での思い出がよみがえってきました。

学生時代、映画とバンドとお笑いをこよなく愛す古着少女だった私は、他のきれいな
ゼミ仲間たちとは緊張してしゃべれず(彼女たちも私のことを近寄りがたいと思って
いたでしょうけど。)、同じような匂いのする友達とばかりつるんでおりました。

ゼミの卒業写真を撮る日にも、ビーチサンダル履いていったような気が・・・。(ど
うせアルバム買わへんし、と思って。卒業式も行かへんかったしなあ。)

ちょっとひねくれていたのでしょうね。

今、この年になって、そんなお姉さんっぽい子たちとも、もっとしゃべってればよ
かったなー、実はさらにおもろい出会いがあったかも知れへんのになあと、少し残念
に思います。
(でも、先生の日記にもあったように、ミクシィのおかげで同期のゼミ生と連絡を
取ったり(当時はほとんどしゃべったことがなかった!)、女学院や内田先生のコ
ミュニティで最近の岡田山界隈の様子を感じることができ、便利な世の中になったも
んやと喜んでいます。)


時間にすれば、ほんの数時間でしたが、ほんとうにうれしくて、楽しくて・・・・学
生時代のたくさんのことがいっぺんに思い出され、帰りの電車の中からすでに、「門
戸に行きたーい!阪急乗りたーい!日本帰りたーい!」と、急性ホームシックです
よー。
どうしてくれますか、先生?!

家に帰ると早速、しばらく連絡とってなかった学生時代の友達にメールしたりして・
・・。
そしたら、すぐにみんな返事をくれて、ますます、「ああーん!やっぱ、ええ
わーー!」と、症状悪化。

今度の帰省は夏の予定ですが、そのときは久しぶりに学校のあたりまで行ってみよ!

水口でお好み食べてー、宮っこラーメン行ってー、イサラも行ってー・・・。(食べ
物ばっかり?)
今、そんなことばっかり考えてます。


旅行に来られたゼミ生のみなさんへ

内田先生とはホテルのロビーで1時間ほどゆっくりお話する時間があったのですが、
みなさんとの食事の時は動き回る息子の眞(じん)を監視するのに精一杯で、あまり
お話ができなかったことが心残りです。

特に、お隣に座っていた学生さん・・・眞がジーンズにお水をこぼしてしまって、ほ
んまにごめんさないねー。
かなりびしょびしょになってて申し訳なかったです。

それから、お好み亭水口のママさんからは、みなさんとお会いしてから、ちょうど3
日後に手紙が届きました。
しばらく入院されていたとのこと。
すぐに電話をかけました。
(ホームシックを自ら重症化させています、私・・・。)

もう卒論も終わり、あとは卒業式を待つのみですよね。
新しい生活が実り多きものになりますよう、お祈りします。

最後に内田先生へ

卒業後8年も経って、また先生にお会いできるとは、学生の頃の私は想像もしてな
かったでしょう。
本当にうれしかったです。

夫も喜んでおりました。


そしてそして・・・・眞が先生のこと、「じぃ」と指差してしまって、すみませんで
した。
えへへー。
私の父、頭は白いのですが、体格や雰囲気、先生に似ているからかしら?
それにしても、かなり懐いてましたよね?ふふふ。

またぜひ、韓国にいらしてください。


(写真、添付しますね。)
では。

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